宇宙

【いつか来る春のために】㉗ 仮設からのリライブ編❽  黒田 勇吾

 鈴ちゃんは出口横の控室にいた。四畳半ほどの畳の部屋は暖房が効いてあったかだった。美知恵たちが顔を出すと、やあ、と鈴ちゃんは握手を求めてきた。美知恵は鈴ちゃんの手を両手で包み込むように握って礼を言った。
「鈴ちゃん、素晴らしかったよ。胸にジーンときて涙が止まらなかったよ」美知恵は握手している手を一層力を込めて二三度振った。
「鈴さん、感動いたしました。三曲ともみな心に響きました。私の思いを代わりに歌ってくれたようで、うれしくて涙出ました」加奈子も握手を求めた。鈴ちゃんはにこにこして嬉しそうだった。
「みっちゃん達にそう言ってもらえると、歌を創った甲斐がありましたよ。僕は歌うのそんなに上手くないから結構緊張したんですよ。今日は集会所にいっぱいの人だったからなおさらでした」
「鈴ちゃん、私、遅れて参加したのでちゃんと聴いたの最後の曲だけだったけど心に沁みる素敵な歌でした。よぐこんな歌創ったねぇ、たまげましたよ」
「みっちゃん、そんなに褒めないで下さいよ。素人の荒削りの歌です。でも何とか皆の思いを歌にしたいと素人なりに必死に創った曲です。たった一人の心にでも届いたらそれで創った甲斐があったというものですよ」鈴ちゃんはそう言ってギターケースを閉じようとした。
「あのぅ最後の歌の、なんて言ったっけ、歌詞カードは余分にないですか。よかったら欲しいんですけど」
「みっちゃん、ありますよ。加奈子さんの分も差し上げましょう」鈴ちゃんはケースの中からファイルを出して歌詞の書いたプリントを二枚くれた。美知恵たちは丁重にお礼を言って出ようとした。それを引き留めるように鈴ちゃんは言った。
「みっちゃん、加奈子さん、確かに隆行君との別れは悲しいことだったと思います。でもね、必ず彼は二人のもとに帰ってくるから心配しなくていいですよ。それは時間が経った時に必ずそう感じる時が来るから。僕も今は妻も娘も僕の近くに帰ってきていると信じています。というか感じています。だから僕はもう寂しくないですよ。妻の、そして優衣のぬくもりを感じています。そう思える日が必ず来るから二人とも一歩ずつ前に進んでいってください」鈴ちゃんは二人を交互に見つめたあと一礼した。美知恵と加奈子はあらためて坐り直して涙ぐみながら鈴ちゃんに頭を下げた。そうして、皆で一緒に外に出た。集会所の中から元気な歌声が聴こえてきた。鈴ちゃんは、明日からもよろしく、と言って一人で自分の住んでいる棟に向かって歩いていった。
 美知恵はその鈴ちゃんの遠ざかっていく背中を見て、不意に叫んだ。
「鈴ちゃん、隆行は、たかゆきは本当に帰ってくるだべか。鈴ちゃん、本当に戻ってくるだべか」鈴ちゃんはその声に振り返り、また戻って美知恵と加奈子の前に立った。
「みっちゃん、加奈子さん、そして光太郎君、私は必ず戻ってくると思っているし、そうであることを願ってます。この震災でどれほどの人が亡くなり、どれだけ多くの人が行方不明になったことか。その方々はおそらくみな素晴らしい母であり、父であり、可愛らしい息子、娘だったはずです。みな優しくて素敵で、笑顔が可愛くて、美しい心を持った人だったでしょう。そうした方々が亡くなったら、もうそれで終わりになるわけがないと僕は思っているんです。私はいのちが永遠に続いていくことを今は信じるようになりました。秋が来て冬になり、木々はいったんすべての葉を落として枝だけになりますが、春が来ればまた新しい芽を出して、やがて若葉が広がり、素敵な花を咲かせるじゃないですか。四季の中でそれを毎年繰り返しているじゃないですか。自然はそうして生々流転を繰り返しています。人間のいのちも同じだと思う。この世界、というか宇宙に存在するものすべては、生と死を繰り返して永遠に続いていくだろうと思います。僕はそれを感じています。うまく言えないけど僕は妻も娘もまた新しい命の衣を着て僕のもとに戻ってきていると思います。みっちゃん、加奈子さん、それを信じるかどうかはお任せするとしか言えません。でも僕はそう思った時に初めて生きていく希望を見出しました。そうとしかいまは言えないんだけど、そう思って生きていくことを僕は選びました」鈴ちゃんはそう言うと、美知恵と加奈子の肩に軽く手をかけてにっこりと微笑んだ。美知恵は少し考えてからこっくりと頷いて
「鈴ちゃん、今はよくわかんないけど、隆行が私の心に息づいているのは感じています。でも隆行が本当に私の心に戻ってきてくれることを、これからも祈りたいと思ってます。今日は素敵な歌をありがとうね、鈴ちゃん。今度はうちに来て、コンサートしてください」そう言って涙を拭いた。鈴ちゃんは、うん、約束しますよ、と笑ってから、空を見上げて一息つくと、ギターケースを持ち、小さくうなずいて帰っていった。

           ~~㉘へつづく~~

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