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【還暦のメロス】⑫ 題名の由来

私はこの半自伝的な物語の題名を「還暦のメロス」としたのには
いくつかのこだわりがある。

メロス、という名はほぼ大抵の日本人なら一度は聞いたであろう名前だ。
そう、太宰治作の「走れメロス」という小説が由来である。
中学何年だったか忘れたけど、その年の国語の教科書にこの短い小説は全文が載っていて、読んだことがあった。

メロスはセリヌンテウス、という無二の親友との約束を守るために友が待つ場所に日没までに到着しなければならない。小説ではそういう展開の中でメロスは後半、ひたすらに走っている。友の命を助け、代わりに自分が絞首刑になることを知っていながらその約束を守るために彼は走り続ける。
中学生の時分にそんな小説の展開にわけもなく感動しながら「走れメロス」を読んだ。
テーマは「約束を守るために困難を乗り越えられるか」であろう。

私が自身の半自伝的物語にこの題名を付けたのは、大きく分けて3つある。
ひとつは私自身を育ててくれた両親の恩に報いるため。
ふたつ目は、母校の大学の創立者のご構想実現のため。
3つ目は、愛する人の約束を守る自分になるためである。

実は約束はその他にもたくさんある。それはこの物語の中でやがて語られているであろう。だから今は詳しくは書かないが、人生とは、ある意味で何かの約束を果たすためにあるのかもしれないとも思うのだ。
その約束を守るために進む中で、それを阻む壁や障壁や迷いや言い訳がたくさん出てくる。人生とはそんなもんだ。走り始めると、向かい風が生じる。
走らなければ、風は生まれないが、その代わり生きがいや使命や達成感やらもないだろう。

この物語を書いている時点で心に大きくあるのは、ある女性との約束である。約束をしてしまった一目惚れの女性との約束を果たすことが直近の僕の使命であると思っている。その約束を果たすことによって、実は私の後半生の人生が勝利に完結するか、敗北に終わるのかが決まってくると信じている。

つまり私のこれからの人生はその約束を守り遂行して、初めて勝利に終わると信じている。

だから今日もこの物語の先へ、先へ書き進めていると言っていい。
その約束は我が後半生の人生そのものになると確信する。
だからは私はアラカンの年齢でありつつ「メロス」になろうと今日ももがきながら生きているのである。
何歳になろうと、メロスにはなれると信じている。

その約束の底にある宝物は何か。それは一言で言えば「愛」である。

そしてその愛の川に流れる想いは「一途」という清水(きよみず)である。

           ~~⑬へ続く~~~

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