見出し画像

永遠と刹那のカフェ・オ・レ~2022.10.23『樋口和貞vs坂口征夫』~

はじめに

2015.6.28、私は後楽園ホール大会にいた。


2015年春にプロレスにハマった当時の私は、色々な団体を見たいという好奇心に溢れていた。

新日本プロレス、全日本プロレス、プロレスリング・ノアを生観戦した後、私は【飯伏幸太が所属している】という理由だけで、DDTプロレスリングを見に行ったのである。


この日は『KO-Dトーナメント』の準決勝&決勝戦。
この準決勝で実現したカードの一つが、『樋口和貞vs坂口征夫』である。


煽りVで流れたBRAHMANの『THE VOID』からの、殺気に満ちた試合。


当時、デビュー1年足らずで入江茂弘を下すなど、トーナメント参戦選手中最も勢いが見られた樋口だったが、試合は坂口のスリーパーホールドが極まってレフェリーストップ負け…。

試合が決する直前の樋口は、まさに『仁王立ち』ともいう、壮絶な散り方だった。


試合後、樋口に声をかけ、握手を交わす坂口。
この漢臭い2人の姿に、すっかり私は胸を射抜かれてしまった。


『KO-Dトーナメント』を勝ち上がり、優勝したのは坂口。

試合後は、坂口の「トーナメントに出た自分を除いて15人の選手の思いが俺の背中に全部乗っかってんだよ。」というマイクに痺れた記憶がある。


その後、坂口はトーナメントを征した勢いそのままに、同年8月にはKO-D無差別級王座を戴冠。
いつしか私は、坂口の所属するユニット『酒呑童子』の虜になっていた。


あれから約7年以上の月日が流れた。


坂口は、2019年の『酒呑童子』活動休止を経て、ユニット『Eruption』を結成。
この時、坂口とタッグ王座を巻いたパートナーが樋口和貞であった。


その後、樋口は雌伏の時を経て、2022年に悲願のKO-D無差別級王座戴冠。
程なくして、『Eruption』卒業&新ユニット『ハリマオ』を結成。


相対、共闘、卒業を経て、2つの点が交わったのは2022年10月。

樋口の持つKO-D無差別級王座をかけた、タイトルマッチの舞台だった。


「自分の父のように優しい男だったが、ベルトが人を変えた」

樋口に自身の父を重ねつつも、敢えて樋口の前に対峙した坂口。
2015年のKO-Dトーナメント準決勝から、互いに経験を積んだ約7年に対する"答え合わせ"の場が訪れようとしていた。


『樋口和貞vs坂口征夫』

タイトルマッチの舞台で迎えた、両者の激突。


メイン前の煽りVTRに使われた楽曲は、キリンジの『アルカディア』。

私自身、「前回のBRAHMANのような、激しくアップテンポな曲を選ぶんじゃないか」と思っていただけに、フォークっぽい同曲をチョイスしてきたのは意外だった。

でも、そこはかとない寂寥感が宿る同曲こそ、この日のメインカードの雰囲気にマッチしていたのだと、今なら私は思うのだ。


この日は観客の声出し応援が可能な大会だったが、メインの試合開始直後から静まり返る場内。


個人的に、坂口が絡む試合は、いつだって見る側は殺気に圧されてしまう感覚がある。
故に、観客が声や拍手といった音を発せない緊張感が、序盤から伝わってくる。


しかし、その沈黙は早くも打ち破られた。
坂口が、初手から樋口に仕掛けたのだ。


正直なところ、坂口征夫という選手は、決して技数が豊富なタイプの選手ではない。
しかし、彼の繰り出す技の一つひとつは、相手を仕留める威力に優れ、それはまるで研ぎ澄まされた刀のようでもある。


事実、坂口のスリーパーホールドだけで、会場からは叫びにも似た樋口への声援が飛んだ。


約半月前に行われた『樋口vs青木真也』もシンプルの極地を征くような試合だったけれど、今回の『樋口vs坂口』も、テーマは【殺るか殺られるか】という実にシンプルなものだった。


試合時間は16分代。
しかし、実際の試合時間以上に濃密な内容は、観客の心も震わせていく。


終盤、観客から発せられた坂口への声援は、「坂口!」、「坂口さん!」、「征夫!」と様々だった。


仇名が特段ある訳ではないのに、これだけ観客からの呼称が分かれる選手も珍しい。
それはきっと、坂口が刻んできた生き様が、性差や立場を超えて様々な人の胸を打った証左なのではないか、と私は感じた。


試合終盤、樋口の猛攻に膝をつく坂口…。


坂口は何とか立ち上がると、肩に手をかけて、樋口の顔を見やる。
その姿に、今にも泣きそうな顔で逡巡する樋口。


その直後、樋口のブレーンクロースラムが見事に決まったものの、しばらくカバーに入るのを躊躇…。


それでも、最後は樋口がカバーに入って3カウント。


優しさと勝負の狭間と葛藤を乗り越えて、樋口がまた一つ、逞しくなった瞬間だった。


まとめ

試合後、笑顔で樋口と握手を交わした坂口。


坂口「相変わらず強いな。容赦なく叩き込んでくれたな。吹っ切れたみたいでよかった。オマエなら大丈夫。吉村、石田(有輝)、オマエらいいユニットだ。この大将信じて、ついていってやってくれよ。俺も負けてられねぇ。赤井(沙希)、岡谷(英樹)、気合入れねぇと」

樋口「坂口さん、アンタから叩き込まれたこと、自分なりに理解しました。赤井さん、いろいろ世話になりました。Eruptionで受けた恩は忘れません」


メイン後のマイクは、この2人にしか出来ない内容だったと言っても過言ではない。
樋口の表情も、試合後の坂口の台詞も、まるでドラマのエンディングのようだった。

それでも、このやり取りが全くクサく感じなかったのは、両者の根幹を成すブレない生き様が、試合やこれまでの試合にハッキリ投影されてきたからだと私は思うのだ。
だからこそ、その生き様は観た人の胸を打つ。


私が坂口を好きになったキッカケのカードを、今回約7年ぶりに見たことで、改めて坂口征夫という人の事が好きになった。


同時に、『サイバーファイトフェスティバル2022』から約4ヶ月半でDDTのスゴさを内外に証明する存在となった樋口の事も、私は改めて好きになった。


プロレスには"スゴい"や"面白い"が溢れる中、"人としてカッコいい"生き様を提示してくれた今回の『樋口vs坂口』。

私はこの試合を生で見れて、とても幸せな思いでいっぱいだ。
紆余曲折や艱難辛苦を乗り越えてきた2人だからこそ、胸に刺さった好勝負でした!


この記事が参加している募集

スポーツ観戦記

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?