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消毒薬の沁みる傷跡と

東京メトロ日比谷線・秋葉原駅。中目黒方面行きホームで8両編成の5号車が停まる辺りの位置に、来春に卒業する学生を対象にした就職情報サイト「マイナビ2020」の大きな広告が出ている。私が就職活動をしていた時は「マイナビ2017」であったことを考えると、時の流れの早さを思い知らされる。

その広告では、3月9日に東京ビッグサイトで開催される合同会社説明会の案内がなされている。「日本最大級」の規模であるこの説明会に、当時の私も参加したのをつい昨日のことのように思い出す。「出展予定企業」として例示されている社名に、一つひとつの記憶が蘇ってきた。


――この会社の本社ビルは駅から少し歩いたところだったっけ。あの会社の雰囲気は他のどこよりも穏やかだった。そうそう、ここは選考の連絡がすごく早かった。あそこの面接は最初から最後まで英語だったなあ。

しかし、そのそれぞれのストーリーには全て共通の終点がある。

――そのあと、落ちたんだよね。


就職して間もなく3年目を迎える今でも、私の中に疼痛を響かせ続ける就職活動の傷跡。食品メーカーを多く受けていたこともあって、スーパーマーケットに並ぶ商品を見るだけで胸が苦しくなることさえある。「今回はご期待にそえず大変恐縮ですが……」という内容のメールが絶え間なく届くという悪夢を、つい最近も見たばかりだ。

私にとって就職活動とは、いったい何だったのだろうか。当初膨らんでいた夢と希望は、いつしか空っぽになってしまっていた。


同じく落ちた場合でも、勉強不足を原因に転嫁できる入学試験と、何が原因であるか分からないまま次を迎えなければならない入社面接は全く異なるということを、当初の私は知らなかった。もちろん第一志望の企業に入社できた同期も多いだろう。しかし、当初思いもよらなかったところへ「入らざるを得なかった」場合も確かにあるということを、社会にはもっと理解してほしい。安易に数字だけを見て「今年も売り手市場です」などと分析しないでほしい。極端に言えば、押し売りはできないのに買い叩きができるのが「就活市場」である。そう考えてゆけば「売り手」という言葉ひとつにさえ反発心が芽生える。


そんなことを考えているところへ入ってきた通勤電車の窓に、自らのみにくい心が映る。私は静かに深呼吸をして、重い思いをホームの片隅に投げ捨てて、前向きに走ってゆく通勤電車に乗り込んだ。

今朝の小さな風景である。


(文字数:1000字)

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