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仕組みをデザインすることで生まれる不均一な壁の表情が"現代的に"ラグジュアリーを生み出すーー井上洋介による「下北沢の家」

こんにちは。

アーキテクチャーフォトの後藤です。

今日は建築家の井上洋介さんが設計した「下北沢の家」を見学してきましたので感想を書いてみたいと思います。

井上さんは坂倉建築研究所ご出身の建築家です。またその作品は住宅特集やモダンリビングなどの建築雑誌で紹介されています。

閑静な住宅街をしばらく歩いていくと、この作品は現れます。

(前面道路より建物を見る。)

基壇のように作られた一階部分の上に、荒いコンクリートのボックスがのるような外観です。

建物の写真をご覧いただいたように、一般的に「豪邸」と言えるようなラグジュアリーを感じさせてくれる建築だとまず感じました。
そしてこの建築を見学・体験しながら、また帰り道で考えていたのは、「現代において、どのようにラグジュアリーを生み出せるのか」ということでした。
ヴォリュームの大きさなのか、プログラムなのか、使われている素材なのか。またその感覚は時代によって変わるものなのか。

ぐるりと一周拝見して、この建物で最も特徴的なものは、粗い表情のコンクリート壁だと感じました。

外観においては、二階より上のヴォリュームにこの特徴的な表面のコンクリート壁が登場します。また、このコンクリート壁は、エントランスホール(ギャラリー)、リビングなどにも登場し、この住宅における特徴的な素材となっています。

(不均質な表情を持つ味わい深いコンクリート。)

井上さんにお話を聞いたところ、このコンクリートに関して、以前より実験を繰り返していて、現在の仕様になったとの事。
作り方としては、コンクリートの型枠を細長く、幅も集種類用意したものを、意図的に隙間をつくり設置するそうです。そうすることでコンクリートがその隙間からランダムにはみ出て、このような不均質で味わい深いコンクリート壁の表情が生まれるのだそう。

この井上さんが独自に開発をしたコンクリート壁が、作品に現代的な方法でラグジュアリー感覚を与えている大きな要素の一つであると感じ、このコンクリート壁について考えながら作品の様子もご紹介していきたいと思います。

(一階はエントランスと駐車場が計画されています)

(基壇の上に荒いコンクリートのヴォリュームがのるような外観)

(エントランスに入ると吹き抜けのギャラリー空間がある)

(内外部に特徴的な特殊な工法で造られた打放しコンクリートの表情)

このコンクリート壁には、プラモデルでいうところのバリのようなものが存在します。それらはコンクリート打設時に自然にはみ出た部分がそのまま残るそうでそのパターンに規則性があるわけではありません。
それによって、この壁を見る人は工業製品の均質感とはことなる、ここにしかない特別なものであることを感じるのだと思いました。

また、ギャラリー部分はトップライトになっていて、日光が室内に降り注がれるのですが、壁面にバリがあり、表面がフラットないために、複雑な影と光の模様が浮かび上がります。
もし、この壁面がフラットであったならば、直線的な影となり、上記の写真のような複雑さは生まれていなかったでしょう。

(基壇の上に設けられた、キッチン・ダイニング・リビングと接続する外部スペース)

一階部分の基壇の上の、建物ヴォリュームがない部分は緑に囲まれたテラスとして機能しています。コンクリートの作りつけベンチがあり、この場所は、リビング・ダイニングキッチンに囲まれていて、どこからでもアクセスすることができます。

道路の高さより持ちあげられているため、プライベートな感覚を持ちながらも、植栽によってここが、地面であるようにも感じられます。

腰壁部分等にもコンクリートが使われていますが、その仕上げは、先に記載した荒いものとは異なります。コンクリートの表情を使いわけることで、それぞれの特徴が際立つものとなっています。

(テラスから隣地側を見る。)

井上さんは、隣地の植栽の配置にも注目して設計を進めたといいます。上記写真では手前半分の緑が、この住宅の敷地内に新設されたもので、向こう側半分は隣地の既存住宅の植栽だということでした。

もともとある緑の位地を把握し、そこに合わせてテラスが計画されたのです。そしてその緑の効果を「強化する」ために、植栽も計画した。と井上さんが語ってくれました。

この場所以外にも、窓の位置なども隣地の植栽を風景として取り込むことができる位置に設けられていたりします。

(3階廊下より吹き抜けのトップライトを見る)

三階には個室が配置されています。その廊下部分よりエントランスの吹き抜けをみたところ。荒いコンクリート壁の豊かな表情が確認できるでしょうか。

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現代の建築のみならず世界を見渡してみると、ほぼ全てと言っていい部分が大量生産品でつくられています。それは経済的な視点で見れば大きなメリットですし、その材料の組み合わせ方でオリジナリティを生み出すというアプローチもあるかと思います。しかし、反動としてそれに満足できない、自分だけの、ここにしかないものが欲しいという欲求は高まっていると思います。

別ジャンルになりますが、そんな社会状況にスマートな回答を提示し成功を収めたバッグブランドとして、フライターグがあります。
スイス発のこのブランドの特徴は、実際に輸送トラックで使用されていたタ―ポリン製の生地をバッグに転用すること。企業のグラフィックがプリントされた大きな生地からバッグ用のパーツをくり抜いて、それを縫製し製品化するのです。
そうすることで、形は同じでも、そのグラフィックの切り取り方で、世界に一つしかないバッグが生み出されています。

フライターグは古い生地をリサイクルしているためそのバッグは新品にもかかわらず、プリントが擦れていたりしますし、そして、その価格も高価であるにもかかわらず、熱狂的に受け入れられています。

量産品でありながら、それぞれのバッグは世界にひとつしかない。これは非常に現代的だと思います。
美術品のようにゼロから全てを構築することでも、世界に一つしかないは生み出すことができますが、それを行うには費用がかかりすぎますし、世界中に普及するということは実現できなかったでしょう。

繰り返しになりますが、「量産品でありながら、それぞれのバッグは世界にひとつしかない。」という一見すると矛盾する問題をその仕組みをデザインすることで解決したからこそ、現代社会で受け入れられたと思うのです。

私は、井上さんが作り上げた、荒いコンクリート壁にも同じ様な感覚を覚えました。
型枠の作り方・仕組みをデザインすることで、コンクリートを流し込んで固まる際に、思いもよらない凹凸やパターンが生まれます。それは、一般的なコンクリート壁のつくりかたでありながら、出来上がったものは、世界中でここにしかないパターンをもつ壁なのです。

もちろん、際限なく時間と費用をかけていけば、そのランダムさを全て設計によって生み出すことも可能だと思います。しかし、それは作業効率、普及や応用という観点で見ても合理的ではなく現代的な方法ではありません。
重ねてになりますが、仕組みをデザインすることで、そこにしかないものを生み出すというアプローチが現代的だなと思うのです。

そして、この世界でここにしかない、ということが、この作品のラグジュアリー感に寄与しているはずです。

ピーター・ズントーも、自身の工房において建築に使用するマテリアルのサンプルを作ることに多くの時間を費やしていると聞いたことがあります。
今回、井上さんの作品を拝見し、実際のお話を伺うことで、建築家がマテリアルを開発することやその可能性を改めて感じさせてくれました。

貴重な経験を誠にありがとうございました。



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