明日は無い
Aは私の2個上のいわゆる恋人であった。
大学を卒業し、ケアマネの資格を持ち、知的障害者施設で働き、大好きな海外へとよく足を運んでいた。
ある日ふたりきりで話していたとき、急にこんな言葉を聞かされた。
「別れよう」
一頻りの沈黙のあと、私は、明日でも明後日でも、好きならまた頑張れば良いと思っていた。
至極乱暴に私を抱いて、自分が満足したら即座に離れて行った。
彼に明日はなかった。
メールフォルダの中は私の仕事のメールや、彼からのメールでいっぱいで、どこに「死にたい」と書いてあるのかすら分からなかった。
もっとも「死にたい」なんて書かれていたら、目に止まらない筈がない。
翌日何かに惹きつけられるようにして、普段私はあまり電話をしないのだが、彼の携帯を鳴らしてみた。
数回のコール音のあと、「Aちゃん、居なくなっちゃったのぉ!!!」と電話愚痴で半狂乱に叫ぶ母親の声が聞こえた。
知らないマンションから飛び降りたのだった。
なぜ言わなかったのか、なぜ頼ってくれなかったのか、今でもわからない。
供えられた大きな百合の花束を見た。
ああ、死んだんだな。と思った。
大好きだったセブンスターのたばこ、口移しにしたガム…。
たくさんたくさん話したあの場所。
まだ伝えていないことが山ほどあった筈だけど、今はもうただ昇華していくだけの気持ち。
刻一刻を争うこういう状況のときには、明日はないという事実だけが、私の中に根付いている。
6月の命日は、新しく誕生したした猫の誕生日になったよ。
今伝えたいことは、そんなところかもしれない。
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