「翔べ! 鉄平」  17 

 1941年、昭和16年12月8日。
 日本陸軍がイギリス領マレー半島に奇襲上陸を仕掛けて太平洋戦争が始まった。日本は瞬く間にイギリス領マレーを席巻していった。

 また同時に海軍はフィリピンのルソン島への上陸を皮切りにマニラを占領、南下し二十日にはミンダナオ島のダバオに上陸、そして占領した。

 次に展開されるのは蘭印(オランダ領東インド・インドネシア)作戦であった。

 当初日本はオランダに対しては宣戦布告をしていなかったが、10日にはオランダ側からの戦闘状態にある由の通達を受け、これによって世界戦争へと拡大していった。

 開戦の日、1001部隊は地上戦の訓練を行っていた。
 空港を利用し、滑走路に着地を想定した部隊は、そこに併設される施設を攻略していくという演習である。

 降下後一番重要な点は如何に迅速に、投下された武器を回収するか、である。

 着地すると、班毎に分かれて別途落とされた人の大きさほどの筒の武器ケースを回収し武装する。降下中は拳銃程度しかもてず無防備なので、着地後の武器回収と散開を迅速に進めるための訓練を重ねた。

 武器自体も降下作戦に合わせて他の部隊とは違う、銃身を短くした短銃を使うことになり、それに合わせた行動をしなければならない。
 機関銃さえも銃身を短くした短機銃になった。遠くからの射撃などは行えず、走りに走り敵との距離を縮めた接近戦の想定だったり、突入後の屋内戦や、市街戦などを想定しているのである。

 着地すると鉄平はすぐに武器の詰められた大筒に駆け寄り、鶴田と二人でそれを引きずりながら集合地点の物陰に隠れる。
 龍宮と熊沢や犬飼たちが部下を引き連れ拳銃で応戦する。筒を回収した鉄平は鶴田と共に武器を取り応戦を開始する。
 仲間が寄ってきてすぐに銃器を取り応戦に加わる。援護射撃が始まると一人また一人と管制塔や油田施設を模した建物へと突っ走る。

「走れ! 固まるな! 機銃の掃射でまとめてやられるぞ!」

「動け! 狙いを付けさせるな!」

 管制塔の建物の軒にへばりつくと銃口を上にして振り返り、周囲を確認し防備につく。
 次々と滑走路を駆けて仲間が走り寄ってくる。
 寄ってきては順に入り口へと回り込む。扉の左右で二人が構える。もう一人が扉を開け横に飛び逃げると、左右の二人が銃を屋内に向けて弾をばら撒く。突入する。階段を駆け上がる。
 一班が進み、止り、警戒し、二班はそれを追い抜き、止まり、突入する。

「ゴ!」

 扉を蹴開けて掃射をしてから飛び込む。

 同じ展開を、建物を替えて何度も繰り返す。管制塔、油井施設、宿舎、武器庫、車両を想定して配置や分担を確認する。

 そうした訓練を繰り返す中、鉄平は現実の戦争が迫ってくることを実感し始めた。

 それまでは空を飛ぶことばかりに熱中していたのだが、実験が成功し作戦全体を考えると、着地後の戦闘も考えなければならなくなるのは当然である。

 もしこの時代の青春という言葉を考えるなら彼らが空を飛ぶことはじつにそれかも知れないが、しかし軍隊に身を置く彼らは、国の向かおうとする流れに抗うことは出来ない。

 肉体は訓練に追い付いていけても、心は緩慢になり塞ぎがちになる。飛行機から飛び出して、まるで地上に降りるのが嫌で、そのまま心を風の中においてきてしまったかのような気分になる。

 そして小隊から、

 オオョ!

 と掛け声が掛かると我に戻って、銃を手に走り出す。


 いつでも何処でも、基地に帰ると彼らは食堂に集まった。

「おい、カラス、どうした。最近元気が無いな」

 食堂で熊沢がそっと聞いてきた。

「そ、そうですか?」

「まぁ、地上戦の訓練ばかりで詰まらんけどな。今となっては飛ぶほうが面白いよな」

 熊沢が頭をかしげて呟いた。

「すいません。考え事をしていて」

 鉄平の顏は戦争への不安を隠すことが出来ない。

「訓練に集中しよう。地上戦でも小さなミスが重なると、死につながる。時には全滅することさえある。仲間を死なせることになるからな。それは、空にいるときも同じだろ」

 熊沢が年長者らしく諭すように言うと、犬飼が、

「まぁ、俺たちはほとんど実践の経験がないし、まして落下傘で降りての空挺作戦は、日本じゃまだ誰も経験していないからな。何らかの不安は、誰にだってあるさ」

 と部隊兵を代表して本音を漏らした。

「はい」

 鉄平は、はいと答えたが、なぜか自分の知らないところへ飛ばされ、流されていくような気がしてならなかった。

「そういえば……」

 鶴田が首をかしげて不思議そうな表情をする。

「なんだ」

 熊沢は兵卒の纏め役として下の者にも気を使う。

「飛行機から飛び出すときも、突入する時も、掛け声は『ゴ!』ですね。英語は敵性語ですから変えたほうが好いのでは」

 と鶴田が聞くと熊沢が立ち上がった。

「いやしくも、世界を相手にする大日本帝国海軍が、英語を知らぬで、よいわけがない。英語は世界の公用語で、外国語の一つも覚えられない者は海軍のほうが必要としない! これは井上成美海軍中将のお言葉じゃ!」

 鶴田が舌を出してわざとらしく頭を書くと再び小隊に笑いが戻った。

                          つづく


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