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大谷選手の元通訳問題をマスコミ報道とは別の視点から考察

素敵な伴侶も得て、新チームでの活躍が期待されている大谷選手の長年の通訳であり親友のような存在だった水原さんが懲戒解雇されたニュースは、アメリカのメディアでも連日大きく報じられています。

アメリカ在住14年の経験を踏まえて、今回のニュースを一般の報道とは少し違った切り口で考えてみたいと思います。


ドジャースによる水原さんのバックグラウンドチェックは行われていた?

このニュースを初めて耳にしたときとっさに感じた小さな驚きは、水原さんは大谷選手に雇われていたのではなく、大谷選手の所属チームであるドジャースに雇われていた、ということ。通訳が必要なのは自己都合によることなので、てっきり選手本人がチームに了承を得て雇っているのだと思っていましたが、選手の活躍にとって必要な存在としてチームが雇っていたと知り、チームの寛大さを感じました。ドジャースでの水原さんの年俸は$300Kから$500K(およそ4500万円から7500万円)だったと言われていて、日本より給与水準が高いアメリカでも大企業のかなりの役職者並みの待遇です(例えば私の業種でいうと、アメリカでビッグ4と呼ばれる大手監査法人ではパートナーと呼ばれるトップクラスにならないとこんな高給は稼ぐことができません)。

チームが水原さんを雇用していたということは、チームの正式な採用プロセスを経たということになりますが、その時に違法賭博のことは分からなかったのか、という疑問がわいてきました。というのも、アメリカの採用プロセスはかなり厳しいからです。私自身、ニューヨークで何度か転職をして米系企業にも3度勤めたことがありますが、いずれの企業でも、オファーレターをいただいてから正式な採用の前に、バックグラウンドチェックが行われました。

バックグラウンドチェックは人事部が外部業者へ委託して行うのですが、能力的に会社として欲しい人材であることは間違いないけれど、プライベートで何か問題がないかを調べる最終関門としての位置づけとなっています。その時に使われるのが、Social Security Number(通称SSN)と呼ばれる10桁の社会保障番号。アメリカには戸籍はありませんが、SSNが一人ひとりに紐づけられて、社会保障以外の多くの場面で、その人の信頼度をはかる際に利用されています。生涯を通じて同じ番号が使われ、携帯電話や家の契約、クレジットカードの開設、住宅ローン申請など様々な場面で要求されます。そのため、調査会社がこの番号で検索をかけると、居住地(過去のも含めて)、犯罪歴、借金の有無など、その人のプライベートなことがすべてが分かってしまうのです。

そんなことから、採用プロセスの最後、バックグランドチェックの段階になると、会社は本人の了承のもとで調査会社に対象者のSSNを渡して、その人のプライベートを調べてもらい、採用にあたってのリスクがないかを検証します。

アメリカの企業では、正社員だけでなく契約社員の採用時にもこのプロセスを義務付けています。そんなことから、ドジャースは水原さんのバックグラウンドチェックをどのように行っていたのか疑問が湧いてきました。借金は家族や友人からで外部機関から行っていなかったとしても、クレジットカードの支払い滞納など、危険信号を示すようなことは、バックグラウンドチェックの段階で浮かびあがってこなかったのでしょうか。それとも、大谷選手が全幅の信頼を寄せていた人だったため、こうしたチェックを怠っていたのでしょうか。

他にいなかったであろう相談相手

報道によると、違法賭博業者へ大谷選手の口座から複数回送金が行われたことは間違いないようですが、水原さんの証言が二転三転しているため、どのようにしてそのようなことが行われたのかは謎に包まれたままです。

大谷選手がもし水原さんから送金の相談を受けていたとしたら、送金する前に弁護士など信頼できる人に相談すれば良かったのに、という声もありますが、今まで何かあったときに真っ先に相談していたのが水原さんであり、水原さんが数々の相談ごとを処理してきたため、今回のような出来事があったときにどのように対処すればよいのか思いつかなかったのではないかなと思いました。誰かに相談したことで、万が一外部に漏れてしまうリスクを考えると、本当に信頼してこのことを相談できる人はいなかったのではないかと思います(次元が違いすぎる話ですが、最近、私の人脈を利用しようとアプローチしてくる友人や知人がいてびっくりしていましたが、大谷選手のような大物であったら有象無象の人がいろいろな方法で近づこうとして、きっとガードは相当固く、心の底から親友と呼べる人は水原さん以外にいなかったのかもしれません)。水原さんの非であるにも関わらず、水原さんを守りながら解決しようとした大谷選手の優しさが裏目に出てしまったような形で残念です。

ビジネスとプライベートが混在する危険

日本のあるメディアでメジャーリーグで活躍する通訳の事情に詳しい方が、選手と通訳の関係は人それぞれで、10人いれば10通りの関係がある、と述べていました。異国の地で、英語を日本語と同じように自在に操ることができないというのは大きなハンディです。私自身、アメリカの会社で働き始めてしばらくの間は、仕事よりも言葉のストレスが大きかったので、その気持ちは誰よりも分かります。そのため、自分のことをよく理解して、気持ちを正確に代弁してくれる通訳の存在が大きかったことは間違いなく、大谷選手と水原さんはビジネスを超えて親友の間柄となりました。

日本では、仕事仲間とプライベートでも交流するというのはよくあることですが、アメリカでは極めて珍しいことです。アメリカ人は、オンとオフをはっきり分けているのです。例えば、同僚と飲みに行くことも限りなく少なければ、もし行った場合でも、仕事帰りのハッピーアワーの時間帯にバーで1,2杯を楽しんで、夕食は自宅で家族と一緒に食べるというのが、アメリカ人のスタイルです。以前、アメリカ人の同僚になぜ仕事仲間とプライベートで集わないのかと聞いたところ、「自分は仕事の場面ではしっかりとやっているけれど、プライベートはもっとだらしないから(例えばテキストメッセージにすぐに返信しないなど)、そんなプライベートな姿を同僚に見られたくないから」と話していました。アメリカでは仕事の場でプロフェッショナルでいることが重要であるため、同僚たちが自分に対して持っている職場でのイメージを自ら傷つけたくない、というのは、一理あると思いました。

過去にさかのぼることはできませんが、水原さんが好意で大谷選手の生活をサポートし、大谷選手もそのサポートを必要としていたという、ビジネスとプライベートでの境界がない関係が今回の出来事を招いてしまったようにも思います。もし、大谷選手にプライベートでなんでも相談できる頼れる人がいたら、違う展開になっていたのではないかと思わずにいられません。今回の出来事は、MLBでプレーする日本人選手にとって、通訳との距離感を考える大きなきっかけとなったようにも思います。

最後に

新チームでの出足は大変なものとなってしまいましたが、そんなとき、隣で支えてくれる素敵な奥さんがいて本当に良かったと思いました。周囲からの雑音で大変な状況だと思いますが、大谷選手が野球に集中できる日が早く来ることを願うばかりです。

昨夏、NYメッツの本拠地シティフィールドで行われたJapan Heritage Nightでのメッツvsエンジェルスの試合に出場した大谷選手。ひじの負傷が報道された直後だったため、バッターとしてのみの出場でしたが大活躍
同じくJapan Heritage Nightでの一枚。エンジェルスの大谷選手とメッツの千賀投手の出場で盛り上がりました

カバー写真 (c) CBS Sports


2009年に単身NYへ渡り、語学学校から就労ビザ、グリーンカードを取得したアメリカでのサバイバル体験や米国人と上手に働くためのヒントをまとめた「ニューヨークで学んだ人生の拓き方 」がキンドルから発売中です。渡米したい方、日本で欧米企業で働いている方に読んでいただけたら嬉しいです。