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相手に知られずに相手を見る(する/される・01)

「する/される」という連載を始めます。「「移す」代わりに「映す・写す」」で予告したものです。

 今回は、相手に知られずに相手を見る、つまり一方的に相手を見るという行為について、川端康成の『雪国』の冒頭にある汽車の場面を読みながらお話しします。


見立て


 川端康成の書いた膨大な数の小説(掌編・短編・中編・長編・連作・連載)のうち、一部の作品に流れている傾向に目を注いでみようと思います。

 傾向という言葉をつかいましたが、見立てとも言えます。私が勝手にある見立てをして、それに沿って川端の小説の一部を語ろうというわけです。

相手に知られずに相手を見ている


 その見立てを簡単にまとめます。

 川端の作品には、「相手に知られずに相手を見ている」というパターンのあるものがたくさんあります。「一方的に見ている」のですから、盗み見とか覗きとか覗きという言葉で呼ぶこともできるでしょう。

 有名な作品の有名な場面を例に取ります。

『雪国』冒頭の汽車の場面


『雪国』の冒頭の汽車の場面を思いだしてください。外の闇と車内の照明のために鏡と化した窓ガラスに映った、通路の向こうの席にいる少女を、主人公の男が見ているシーンです。

 男は少女を一方的に見ています。「盗見」(盗み見)という言葉がつかわれているくらいですから、川端は意識的にこの場面を書いたと考えられます。

 さらに言うなら、上の場面の前のことですが、汽車が「信号所」にとまったさいに、少女は通路を越えて男の席の側にやってきて、男の目の前の窓を開け、「信号所」にいる駅長を大声で呼んで話しかけるシーンがあります。

 男は少女の声を聞くわけですが、大きな声で話している少女は自分の声が聞かれていることを意識していないかのように描写されています。

 盗み聞きとか盗聴とは言えませんが、男が一方的に聞いている、つまり立ち聞きしているとは言えるでしょう。

     *

 一方的に相手を見る。一方的に相手の声を聞く。

 とりあえず『雪国』のこの場面を出発点と考えましょう。

 この出発点から、徐々にエスカレートしていくというのが私の見立てです。つまり、私の感想であり意見であり印象だと言えます。

 話を簡単にするために、エスカレートの過程を飛ばして、いきなり最後の到達点を見てみましょう。

『眠れる美女』の老人と少女たち


 相手に知られずに相手を見る。一方的に相手を見る。
 相手に知られずに相手の声を聞く。一方的に相手の声を聞く。

 これがエスカレートして最後には、相手に知られずに相手を見るだけでなく、睡眠薬で眠っている(眠らされている)相手を見る、その相手の声(寝言)を聞く、においを嗅ぐ、手で触れる、口のなかに指を入れるまでいく。

 これが『眠れる美女』のあらましです。「する」のは老人、「される」のは少女たちです。

 もちろん、老人の行動はそれだけではないわけですから、一方的で強引な要約でしかありません。

 見立てとは、このように粗雑なものです。見立てに合わない細部があることもよくあります。

とぼけながら読む


 見立てに合わない部分をあえて読まない限り、つまり無視しない限り、見立てで作品を語ることができなくなるのです。

 私はいま述べたことを肝に銘じ、つねに念頭に置きながら、見立てで読んでいくことにします。

 ようするに、見立てに合わないところは見て見ぬ振りをして読んでいきます。とぼけるという意味です。

     *

 誰でもやっていることだからやってもかまわないとは言いませんけど、ある見立てや図式にそって読むというのは広くおこなわれている読み方です。

 というか、人である限り見立てのない読みは不可能でしょう。あえて見立てを口にするかしないかの問題だとも言えます。

 ただし、見立てや図式に合わない部分があるのを意識するか意識しないかの違いは大きいと信じています。

 言い訳と弁解はここまでにして、この連載で採用する見立てによる図式を整理します。

エスカレート


 以上『雪国』(1948年・完結本出版)の一つの場面と、『眠れる美女』(1961年・出版)のあらましを取りあげましたが、その二つの作品のあいだでどのようにエスカレートが起きたかを簡単にまとめてみます。

     *

 一方的に相手を見る、一方的に相手の声を聞く。

   ↓

 一方的に相手を見る、一方的に相手の声を聞く、一方的に相手のにおいを嗅ぐ、一方的に相手に触れる、一方的に相手の体内へ自分の体の一部を差し入れる。

 これをエスカレートと言わないで何と言えばいいのでしょう?

 ある特定の作品の一場面に見られるある身振りと、ある特定の作品に見られる複数の身振りを強引に結びつけただけの、きわめて粗雑な図式で恐縮ではありますが、この見立てで話を進めていきます。

(つづく)

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