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52歳で若年性認知症と診断された友人の経緯から伝えたいこと

私がnoteを始めようと思ったきっかけのひとつが、友人(Uさん)が52歳でアルツハイマー型若年性認知症と診断されたことを通して、感じたことや考えたことがたくさんあったからです。

Uさんが認知症の症状と思われる言動が明らかに出始めて、診断が下されるまでに2年半。若いゆえに、すでに限りなく高度に近い中等度まで進行しています。もっと早く正しい診断がされていたらここまで早く進んでいなかったのにと悔やまれました。同じような後悔をする人がひとりでも減って欲しい、少しでも役に立ちたいという想いが自分の背中を押しました。


Uさんとの出会いは、私が23歳の時。仕事も遊びも全力で楽しんでいる6歳年上のUさんが、ものすごくかっこよく見えたものです。いろんなことを教えてもらったし、仕事がすごく忙しいにも関わらず、私が辛い時期は毎日電話で話を聞いてくれました。思い返しても感謝しか浮かばないくらいお世話になった人。

1999年から2019年までの20年間、Uさんは私の誕生日に必ず連絡をくれました。しかし、2019年12月の「良いお年を」という連絡を最後に、翌年8月の誕生日には連絡がなくなり、「どうしたのかな?」と少しだけ思いましたが、年々連絡の頻度も少なくなっていたのであまり気にしませんでした。

最後の連絡から約一年半後の2021年6月。共通の友人から「Uさんの様子がおかしいんだけど、何か知ってる?LINEしても全然会話が噛み合わないし、認知症っぽい感じがするんだよね」と連絡があり、なんだかとても嫌な予感がして、すぐにUさんにLINEで連絡をしました。

私:お久しぶりです。
  一年以上連絡をとってなかったね...
  最近どうしてるかな?

U:Yumiko、×××の会社の後ろ側に
  広場があったの、覚えてる?

いきなり、会話が噛み合わない。そして「Yumiko」は私のLINEに表示されているもので、今までアルファベットで呼ばれたことは一度もない。そこからしばらくやりとりしてみたけど、最後まで違和感。これはただ事じゃないという不安を覚えました。すぐにUさんの高校時代の同級生Kさんに連絡したところ、「はっきり認知症の診断は出ていないけど、明らかに認知能力が落ちているのは感じるよ。もしかしたら自転車事故で頭を打った影響かもしれないとMRI検査もしたけど異常なし。心療内科にも行ったら「うつ病」の診断をされたんだけど、本人は明るく元気でうつ病とは思えない。その後、MRI検査もさらに2回したけど認知症ではないとの診断で、結局原因不明なんだよね。」と。

なにより、Uさん本人は子どもの頃から物忘れがひどく、大人になっても出かける時には、玄関に貼った「持ち物一覧のメモ」を毎日チェックしているような人です。今更「物忘れがひどくなった」という感覚は持ち合わせていません。だから、周りがどんなに心配したところで全く伝わっていない状況で、異常なしと診断されたMRI検査の結果もあったたため「私は異常がないんだ!」と怒り出してしまうくらい、周りからの声にストレスを感じているようでした。

しかし、私はいても立ってもいられませんでした。すぐに病院や情報を色々と探しました。そんな中、何回MRI検査をしても認知症だと診断されなかったが、結局(時間がだいぶ経過してから)認知症だったという書き込みを目にし、まさにこの状態かもしれないと感じました。そして、早期アルツハイマー型認知症診断支援システム VSRAD(ブイエスラド)のことを知りました。あくまでVSRADは海馬傍回の萎縮具合を調べるためのツールですが、通常の頭部MRI+MRA検査(約15分)に約6分の追加撮影で検査ができます。そして、萎縮状態がはっきりと色で見た目にわかる検査でした。私は、この検査ができる脳神経外科の病院を探し、すぐに予約してUさんを連れて行きました。この時、Uさんが私の声に耳を傾けてくれて本当に良かったと今でも思っています。

診察にあたり、2019年からの出来事や症状などの詳細をエクセルでまとめたものを事前に用意し、問診時に先生に読んでもらいました。そして先生は、迷いなく認知症を疑いました。まずはペーパーテスト(長谷川式スケール)をやりましょうとのこと。30点満点中20点に満たないと認知症の疑いがあります。Uさんは11点でした。10点以下が「高度」の状態ということで、ギリギリの中等度。Uさんは、自分の年齢も、今日が何年何月の何日で、何曜日なのかも、今の季節もわからない状態まで進行してしまっていたのです。

その後のVSRAD結果画像は、言葉を失うほど色が... その画像を見て、Uさんはようやく自分の状況が普通じゃないんだということはわかったようでしたが、「アルツハイマー型若年性認知症です」という先生の言葉には反応がなかったように見えました。この病気がどういうものなのかをすでに理解できないレベルまで進行しているのだとわかりました。しかし、時間が経つについれてUさんも状況がなんとなくわかってきたのか、時々不安を感じているのも伝わってくるのが現状です。

今からできることは、進行をなるべく遅らせること。そのための薬の服用が始まりました。しかし、高度寄りの中等度まで進んでしまうと、どうしても飲み忘れてしまい、薬の服用が思っていたより難しいのです。(薬の服用については別途記事を書く予定)
Uさんは一人暮らしで、頼れる身内もいません。友人たちでサポートしていくことを決め、2021年7月からスタートしました。

認知症の診断を下された日、何事もなかったかのようにニコニコと夕飯を食べるUさんを見ていると、私の涙が溢れ出てしまいました。Uさんは私が泣いている理由はわかっていないようでしたが、こう声をかけてくれました。

ゆみこはいつも、頑張っているよ。
だから大丈夫だよ。泣くなー!

出会った頃のUさんが、そこにはいました。どんなことがあってもいつも私の味方で力になってくれたUさんが。私はこの人のために何ができるのか。あれからそればかり考えています。そして、できることは可能な限り動いていこうと決めたのです。

いつか私のことも忘れてしまうでしょう。でも、私が覚えていればいい。Uさんが笑顔で過ごせる時間を、これからも一緒に作っていきたいです。


認知症は早期発見がとても重要だと言われます。しかし、Uさんのように診断まで時間を要してしまうことも多いのが現状です。認知症は、うつ病に似た症状が出ることもあるようで、Uさんはしばらく心療内科に通っていました。もしそこの先生が、認知症の疑いがあるという患者側の訴えにもっと耳を傾けていてくれていたら、診断がもっと早かったのにと悔やまれます。だから、認知症が疑われる場合は認知症を専門に扱っている病院か、適切な検査ができる病院を選ぶことがものすごく大事です。

まだまだ勉強不足ですが、知り得た情報を少しずつでも投稿していきます。Uさんがくれたこの経験から得たことを伝えることで、少しでも誰かの力になれば嬉しいです。

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