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シルバー民主主義は若者がFIREする動機となる。

社会に表出しない若者の反骨精神。

 Adoさんが歌う「うっせぇわ」が流行語となって久しいが、この曲の歌詞は、日本社会の少数派である10代後半から20代の新社会人となった若手社員と、多数派である団塊ジュニア世代を中心とした既得権にぶら下がるおじさん社員との「分断」を表しているように捉えることができる歌詞となっている。

 Y世代やZ世代が漠然と抱えている現代社会の生きづらさや閉塞感を、インパクトのある曲調と歌詞、本心の叫び声を代弁するかのようなボーカルによって見事に表現し、現代の若者の心をつかみ、ブームとなったことで不平不満を垂らしていた相手である、おじさん世代が知ることになるのは皮肉が効いている。

ちっちゃな頃から優等生 気づいたら大人になっていた

 現代の若者は生まれてから1度も好景気を経験したことがなく、将来を悲観し、希望など持っていない。過度な学歴社会かつ不景気の影響から受験や就職を穏便に進めるべく、自分の本心を押し殺して優等生の振りをする。そうしているうちに、やんちゃの1つもしないで大人になり、社会に出てしまっている。

困っちまうこれは誰かのせい

 大人たちが勝手に決めたゆとり教育を拒否する術もなく受けただけなのに、社会に出たらこれだからゆとりは…と揶揄される。

 そもそもゆとり教育の期間は9年間と短く、義務教育の全ての期間がゆとり教育だった世代は1995年生まれの学年だけである。世間一般が思い描くほどぬるま湯ではないことは、年々減少している非大卒率の低下からも想像がつくのではないだろうか。

 合理化で仕事量は昔より激務にも関わらず、不当に安く使われるだけの年功序列賃金や、重くのしかかる年金や社会保険料、税金のお陰で手取りは生活保護に毛が生えたレベル。大卒の半数はそこから奨学金の返済が40歳近くまで続く。

 いつリストラされてもおかしくないのに束縛ばかりの崩壊しかけている終身雇用。昇進のポストは年々減り、出世競争は椅子取りゲーム化。その椅子に必死にしがみつき、若手に一切譲ろうとしないおじさんたち。

不平不満垂れて成れの果て

 重い社会保険料や年金を負担しているにも関わらず、自分達が支えられる側になる頃に同じだけの保障が得られない、搾取される放題の世代会計。

 少子化が叫ばれる一方で、若者は少数派で票にならないからと、子育てや就学の支援は後回しにされ、話題になるのは投票で大多数を占める、高齢者に関心のある年金や社会保障のことばかり。

 病院では治療や退院したところで、将来、税金や社会保険料を納めることなんてまずないであろう後期高齢者の窓口負担が1割で、かたや税金や社会保険料を納めている現役世代が3割負担を強いられ、湯水の如く社会保険料が使われている。

 財源を供給している現役世代の多くは生活が苦しく、20代単身者の貯蓄額は中央値で10万円に満たない。20代単身者の半数以上は10万円の貯蓄も儘ならない状況で、自分一人食っていくのに精一杯なのだから、子供のことを考える余裕は持ち合わせていない。余裕が出てくる頃はすでに30代で、女性は出産のタイムリミットが間近に迫っている。これが現実である。

 そして、人生において貴重な10代、20代を疫病による行動制限の中で過ごす苦しみを理解しようともしない大人たち。修学旅行をはじめとする学校行事は中止され、卒業式や成人式などの祭典もリモート、人生の夏休みとも称される大学のキャンパスライフも、オンライン授業でキャンパスにすら立ち入ることができない。それにも関わらず、政治家は会食。年寄りばかりが見ているマスメディアでは、自分達を棚上げして若者を悪者扱い。こんな学生時代を過ごしては、世間を恨みながら社会に出ても何ら不思議ではない。

若者の草食化なんて大間違い。

 これだけ若者を虐げ続けていれば、自国を良くしようと考える若者がいなくなって当然である。実際、国家公務員を志願する東大生の割合は低下している。

 仮に平凡であっても、外国語力を活かして永住権を獲得して出国したり、働かずに低所得者として税金や社会保険料を殆ど納めようとしないLeanFIREや生活保護を受けるなどの行動に出てもなんら不思議ではない。

 私が生活費用を引き締めて、少ない金融資産でも早期リタイア可能なLean FIREを目指すのは、表向きは創作活動に注力したいと言っているが、それだけなら別に働きながらでも可能である。

 本音としては、不公平感しかない使われ方の税金や社会保険料を、給与天引きによってノーガードで徴収されるような、会社員という立場であり続けたくはないと思う感情こそが核心である。

 「うっせぇわ」の件で触れたように、現代の世代間は格差というより分断と言った方が正しい。現代の若者は上の世代と話し合ったり、選挙に参加したところで、数で押し切られるだけで徒労に終わることを感覚的に理解しているから、基本的に話し合いで解決しようなどとは全く考えていない。己の信念に沿って実行に移すその時まで、本音を晒すことはないから、気付いた時には全てが終わっている。

 今、書店やネット、SNSで資産運用やFIREの話題は事欠かないが、これは氷山の一角に過ぎない。蓄財には時間を要するから、今は運用しながら労働から解放されるその日を、今か今かと窺っているだけである。

 今後は相場が上向く度に、働けるのにあえて働かず、合法的に税金や年金、社会保険料を殆ど納めない若者が増加することだろう。少子高齢化社会において、貴重な労働力である若者をぞんざいに扱ってきた社会に対する当然の報いだと、一介のZ世代としては思うが、問題が表出化して大人たちが気付いた時には既に手遅れである。


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