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治安悪化でエッセンシャルワーカーは成り手不足に?


埼玉の郵便局人質立てこもり事件。

 過日、「埼玉県人にはそこらへんの草でも食わせておけ!」でおなじみの埼玉県内の郵便局にて、拳銃を持った男が人質をとって立てこもる事件が全国ニュースとなった。

 とはいえ、立てこもり事件は起こしたところで、基本的に逃げ切れずに捕まるのがオチで、知能犯ならまずやろうとは思わない。

 というのも、犯人も人間である以上、お腹は空くし、眠くもなるため、警察は人質に危害が加わらない程度にプレッシャーを与え、時間が経つのを待つ。マスメディアではこう着状態と報じるが、それが作戦で、疲労困憊で犯人の隙を作り、その一瞬を突いて捕まえるのがお決まりのパターンだ。

 警察側は交代要員がいるため、体力勝負を仕掛けられたら、ロクに寝食せず立てこもる犯人は部が悪く、単独犯なら長くても48時間程度で決着が付くのが目に見えているから、頭が良い人ならまずやらない。

 事件の詳細はマスメディアに譲るとして、シャレにならないのは、郵便局員や、その場に居合わせた利用者である。

 強盗事件であれば、資産性のあるものを盗むと、動機が明確であることから、銀行や宝石店が狙われやすいと予測でき、厳重な対策や従事員の訓練を行う機会が設けられている。

 しかし、郵便局のような場所で、拳銃を持った人間が人質を取って立てこもる事態など、基本的に想定しておらず、今回のように、人質の女性が咄嗟の判断で犯人が電話している隙に逃げ、人質ゼロの状態となったことで、最悪の事態が避けられた側面は大きい。

犯罪者目線で日本のセキュリティは甘い。

 日本社会のセキュリティは、性善説を前提にコストを安くする方向で設計されるのが常で、犯罪を起こそうと思っている人を止めるのには何ら役に立たない。

 一般的な住宅の場合、いくら玄関に鍵をかけたところで、採光の良い大きな窓がガラスでできている以上、割れば簡単に侵入できてしまう。

 2階もハシゴをかけたり、ブロック塀を足掛かりにすれば、簡単によじ登れてしまうため、常識的に考えて、2階によじ登ってまで盗む奴はいないだろうと慢心して鍵を閉めてないと、スマートに侵入される可能性がある。

 私は小学生から鍵っ子だったが、一度だけ普段と違い、私が最後に家を出ず、鍵を掛ける必要がなかったがために、鍵を持ち忘れて下校時に閉め出し状態となったことがある。

 近所の同級生が運動能力抜群だったため助けを求めて、梯子をかけて代わりによじ登って、2階の窓から入って貰い内側から鍵を開けて貰ったことがある。小学生でも2階の窓から侵入できるのだから、最初から犯罪を起こす気でいる、いわゆる無敵の人を止められる筈がない。

 エッセンシャルワーカーは、社会インフラを支えるために働いてくれている方々だが、社会インフラという性質上、誰もがそのサービスにアクセスできるが故に、ごく稀に犯罪者が紛れ込んで事件が起きる。

 警察官や銀行員のような、犯罪を犯すような人間を相手にする可能性のある職業でもない限り、防犯対策にコストを掛けないのが常で、その矛先が今回は郵便局だっただけだ。

 私は思考実験として犯罪者目線で、その気になったら犯罪が起きたことすら認知されない完全犯罪や、被害者が泣き寝入りする他なく、犯人が逃げ切れるであろう犯罪が起こせる隙は、日常の中にそれなりにあるように思い、日本のセキュリティは甘いと記さざるを得ない。

空港の制限エリアみたいな場所が増える?

 かつて鉄道員として勤めていた際は、幸いにしてその手の事件の被害者になったことはないが、もし仮に立てこもりとか強盗事件が頻発すると、その被害に遭うかもしれない職業など誰も就きたがらなくなる。

 つまり、体感的な治安が悪くなればなるほど、単価が安くてリスクばかりのエッセンシャルワーカーが避けられて、結果として成り手が不足する事態は、そう遠くない将来に起きても不思議ではない状況になりつつあると、昨今の無敵の人事件などを見て思う。

 現に作業そのものが付加価値を生み出すブルーカラーよりも、それを管理するホワイトカラーのバックオフィス部門に、若い世代の希望が集中しているのも、その傾向の現れではないかと思う。

 なぜバックオフィス部門の方が安心感があるかと言えば、色んな人が出入りする現場ではなく、大企業の建物であれば、社員証やゲスト証を有する、限られた人しか建物内に入れないからではないだろうか。性質的には空港の制限エリア内に似ている。

 テロやハイジャックを未然に防ぐために、航空会社にとって脅威になる物を持っているか手荷物を検査して、その恐れがない人しか制限エリアに入れないのだから、危害を加える様な人は端から排除されている空間で安心できる。

 日本社会が没落し続け、体感治安が悪くなり続けると、そうした限られた人だけが利用できる空間を提供するサービスが、従業員にとっても利用者にとっても安心できると支持される可能性は大いにある。

 平和な時代であれば、やれ階級社会に逆戻りだとか、分断を招くとか苦情が殺到するかも知れないが、鉄道のように逃げ場のない空間で、近くにいる奴が何しでかすか分からない様な事態を避けられる安心感が手に入るなら、そのために多少のコストを支払っても構わないと思う価値観に同意する人は、決して少なくないだろう。


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