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上司に屈しない

昨日に引き続き、このハッシュタグで書いてみる。思い当たる節があるのは、我慢することを色々と強いられている証拠なのかもしれない。でも、今回は(ハッシュタグ通り)我慢しないことを選んだ話になると思う。

上司と、どのように付き合っていくかは、会社生活を送るにおいて重要な事柄になってくる。フリーランスになって、そもそも上司という存在なんかいないよという選択肢もあり得るが、大概の人は上司との関係性を持っているのだろう。聞き分けの良い人ならばいいが、大抵、そうはならない。

部下のいうことなんて、何一つ聞かない人が上にいたら、一体どうするだろう。面倒だから、上の人のいうことを聞いていればいいやと、諦めの境地に辿り着くのも時間の問題であると思う。上司のいうことだけ聞いていればいいというのは、ある意味で楽な選択だと思う。自分の意思を、脳みそを他人に預けて、自らの選択肢を放棄するに等しい。言われたことだけやっていればいいのだから、(文句をいわれることを覚悟すれば)やることは自動的に決まってゆくはずだ。もちろん、処世術としてはありだと思う。

でも、やはり、自分で何かしたいという場合には、その選択はストレスになり得る。それに人間的に尊敬できる人のいうことを聞くならまだしも、いっていることをに全く共感できない人のいうことを聞き続けているのは、自分を騙している感覚にもなる。そうであれば、脳を他人に預けるのは、すぐに止めたほうがいいと思う。

言い返すのはたしかに疲れるかもしれない。でも、いいなりになっていると、相手も「あいつは自分のいうことを聞く」と思って、さらに無茶難題を押し付けてくる。だから、相手のいいようにさせないことが重要である。一度といわず、何度も跳ね返していれば「一筋縄ではいかない…」と、相手も認識を改めるはずである。

モンスター上司が作り出される時、もちろん本人が悪いのは百も承知だが、一方でそれに従った人間にも多少なりとも原因はあると思う。弱いなら弱いなりに戦えばいいのだ。何も一人で戦わなくとも、集団を味方に付けるやり方もある。どうしてもダメなら、我慢せずに逃げ出したっていいはずだ。我慢できると思って続けてしまうから、いつしか逃げ出す選択がないくらいに追い込まれてしまう。そうなる前に、手を打つべきなのだ。自分の気が、確かなうちに。

相手の意のままにするのは、自分が楽をしている証拠だ。自分にもそうするメリットがあるから、従っているだけなのだ。自分の気持ちに正直になって、相手に立ち向かっていくことが、いずれは自分を楽にしていくのだと思っている。

#我慢に代わる私の選択肢

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