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#174 「アンフェアなサービスといかに折り合いをつけるか?」を考えるための推薦本4冊

 わたしは、Amazonで物を買い、それを紹介して小遣いを得ている。Uber One(有料サブスクリプション)の会員であり、Uber Eatsの配送手数料が減額されるメリットを享受している。ファストファッションに身を包み、24時間営業のコンビニで食料品を買っている。

 ただし、そうしたサービスの裏側には、必ず「誰か」の労働がある。そして、その「誰か」は、概ねどちらかに二分される。大金持ちか、貧乏人かだ。もちろん、その中間にいる人々も大勢いることは承知だが、本稿では「世界を進歩させた、アンフェアなサービス」との付き合い方を考え直す機会になるよう、あえて単純化した世界感で書き進める。

 なお、本稿は便利なサービスの恩恵を享受して、心安らかに過ごして行きたい人にとっては、不快と思われる記述がある。また、わたしの実体験ではないため、あくまで書籍が刊行された時点での著者の視点を、わたしがどう受け止めたかという話でもある。そのため、あくまで過去の刊行物をもとにした、私見だとご理解いただける方に向けて、書かせていただく。

 そのため「好きなサービスを否定された」「2024年の現状と異なる」等の、コメントをいただいても、対応するのは困難だと思われる(ご自身の記事で発信してください)ことを、予めご了承頂きたい。

1.『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』  (光文社未来ライブラリー)  

 著者のジェームズ・ブラッドワース氏は、英国の田舎街に突如現れた巨大な雇用 ーAmazon倉庫のオーダー・ピッカーの仕事ー に乗り込み、その実態をリアリティ溢れる文体で記録している。潜入ルポとして、これほど面白いものはないが、タイトルにある通り、労働者にとっては絶望的な仕事である。

私たちピッカーには、通常の意味でのマネージャーはいなかった。あるいは、生身の人間のマネージャーはいないと表現したほうが妥当かもしれない。代わりに従業員は、自宅監禁の罪を言い渡された犯罪者のごとく、すべての動きを追跡できるハンドヘルド端末の携帯を義務づけられた。

そして、十数人の従業員ごとにひとりいるライン・マネージャーが倉庫内のどこかにあるデスクに坐り、コンピューターの画面にさまざまな指示を打ち込んだ。これらの指示の多くはスピードアップをうながすもので、私たちが携帯する端末にリアルタイムで送られてきた――「いますぐピッカー・デスクに来てください」「ここ1時間のペースが落ちています。スピードアップしてください」。

それぞれのピッカーは、商品を棚から集めてトートに入れる速さによって、最上位から最下位までランク付けされた。働きはじめた1週目、私は自分のピッキングの速さが下位10%に属していることを告げられた。それを知ったエージェントの担当者は、「スピードアップしなきゃダメです!」と私に忠告した。

『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』
第1章 アマゾン より引用
※筆者にて改行のみ追加した

 機械は疲れを知らない。故障するまで働かされ続けるのみである。機械と人間の違いは、故障した場合に修理をするか、クビにして新たな労働者を雇うのか、ということだ。実際、多くの職場で、機械は丁重に扱われ、人間は使い捨てられている。理由は当然、人間の方が安いからだ。

 幸いにも我が国、日本の理想的な会社では、「人間が壊れた場合でも、責任を持って直しなさい(ただしほとんどの場合、正社員に限る)」ということになっているのだが、その上下関係は変わらない。経営者は効率的な生産を行うために機械を導入し、労働者はその機械の指示に従い動かなければならないのだ。そう、疲れを知らない機械の指示で。これはもはや、産業革命から続く、真面目なコメディなのである。

 2023年のフォーブス世界長者番付・億万長者ランキング(MEMORVAのこちらの記事を参照した)では、Amazon創業者ジェフ・ベゾス氏の資産額は日本円にして約15兆500億円とのことだ。一方、本書によれば、平均的なピッカーが「午前中のあいだずっと倉庫内の薄暗い通路を行ったり来たりして運びつづけると」およそ29ポンド(本稿執筆時点のレートで約5,474円)の収入が得られる。

 労働者はそこから、家賃や食費等の生活費を工面する。きっと、やりきれない現実から逃れるためにビールをたらふく飲むし、タバコも吸わざるを得ないだろう。

アマゾンでも倉庫じゅうの壁に、従業員に満足感を与えようとするスローガンが掲示され、隣には満面の笑みを浮かべた社員の写真が飾ってあった。

その喜びに満ちた表情は、ここで働く誰もがすばらしい時間を過ごしていると訴えるものだった。ベズという名の等身大のパネルの女性は、「仕事に来ることが大好きで、ここにいないと寂しくなるくらいです!」と高らかに宣言していた。

『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』
第1章 アマゾン より引用
※筆者にて改行のみ追加した

 くだらないことをやらせている企業ほど、士気高揚を促すものだ。巨大企業の現場を支える主役はあなたです、と言わんばかりに。本書に登場する同僚のほとんどは、出稼ぎのルーマニア人だと書かれている。貧しい田舎の街に、さらに貧しい国から出稼ぎに来た労働者を迎え入れ、英国での仕事(貯金、仕送り、結婚、マイホーム…)を夢見た彼等を使い潰しては、取り替える事で成り立っているのだ。

 本書の後半には、Uber(タクシーの方)のドライバーとして、「ギグワーク(Uberのようなプラットフォームから単発の仕事を請け負う働き方)」の現実がいかなるものかも書かれている。2019年発行の書籍なので、その内容が現状にそのまま当てはまるとは限らないが、サービスの利便性だけに目を向けるというのは、消費者としても適切な態度ではないだろう。つまり、読むに値する一冊だということだ。

 実際、日本においてもギグワーカーの抱える問題についてはニュースになっている。Uber Eatsと配達員の間には、当然だが「報酬を支払う、受け取る」という関係があり、それはUber側が提供するシステムが支配している。しかし、「配達員はあくまで個人事業主であり、雇用関係にはない」というのが、Uber側の主張である。現状、ギグワークは「自己責任の日雇い労働」であり、そこに人情味あふれる親方は存在しないのだ。

2.『ユニクロ帝国の光と影』 (文藝春秋社)

3.『ユニクロ潜入一年』 (文藝春秋社)

 ユニクロでお馴染みの、ファーストリテイリング社の代表取締役会長兼社長、柳井正氏はフォーブスの日本長者番付(フォーブスのこちらの記事を参照した)において、資産額4兆9,700億円というぶっちぎりの一位、まさしく日本の経済界を代表する人物だ。

 そして、その柳井氏の実相とユニクロの経営に迫る、渾身のルポルタージュを書き記したのが、この2冊の著者、横田増生氏である。氏は『ユニクロ帝国の光と影』を書き終えた後、離婚をし、妻の名字で再婚することにより名前を変え、ユニクロの複数店舗にアルバイトとして潜入した。それが続編の、『ユニクロ潜入一年』である。

 『ユニクロ帝国の光と影』では、複数の店長経験者にインタビューを行っている。

ユニクロには完全実力主義が浸透していて、年三回のボーナスの額も査定ではっきりと違ってきます。社内には『足の遅い奴は置いていくよ』という空気が強いので、自然と自分から残業をするようになるんです。

店の成績がよくないと、店長から店長代理へといった降格人事もありますから。僕が働いた間でもまわりで一〇件以上はそうした降格人事がありました。それに社内には、『会社が残業を強要しているのではなく、時間内に仕事をこなせない店長が悪いんだ』という雰囲気がありましたね。労働組合もありません。

社員が困ったときの相談窓口があるんですが、人事部の一部なんで、長時間労働の文句なんかだれもいえないですよね。

『ユニクロ帝国の光と影』
第五章 ユニクロで働くということ 国内篇 より引用
※筆者にて改行のみ追加した

 そして、日本の小売・サービス業に蔓延する「名ばかり店長」の過酷な労働環境に対する世論の圧力を受けてか、ユニクロは店長に月間240時間以上の勤務を行うことを禁じた。しかし、さばききれないほどの業務量と、降格人事の圧力がある。そのため、タイムカードを打刻した後、再び業務を行う。月給を時給換算すると、アルバイトよりも安くなる。そして、その店長自身が皮肉にも「いかにして人件費を削るか」という役目を負っている。わたしはこれを読んで、この世の地獄かと感じたくらいだ。

 そもそもだが、ユニクロの強みはコストパフォーマンスの高さにある。それは、店長を追い詰めるだけでは実現できない。中国の縫製工場に対しても、徹底的な買い叩きを行っているのだ。著者がユニクロ製品の製造を行う企業を突き止め、そこの営業担当者から聞き出した話が以下である。

ユニクロと違って、NIKEやアディダスの場合、原材料費や人件費が上昇した時は、それを報告すれば、仕入れ価格もそれに連動して上がるようになっている。

加えて、下請け会社のコンプライアンスを重視する欧米の企業は、作業員の残業時間の管理に非常に厳しい。法律で認められている範囲を超えて残業させるのを厳しく禁止している。

それに対して、ユニクロは納期を重視する。納期に間に合わなければ、残業してください、それでもダメなら徹夜してください、という感じだ。中国の作業員の労働環境などには興味がないようだ。

だからこそ、自分たちで工場を持たずに、中国企業に生産現場を任せているのではないかと思う。

『ユニクロ帝国の光と影』
第五章 ユニクロで働くということ 国内篇 より引用
※筆者にて改行のみ追加した

 工場はユニクロの製品をいくら作っても、これでは利益が出ないという話だ。そうした状況で、あおりを最も強く受けているのは誰であろうか?もちろん、縫製工場の労働者だ。

 本書には、そのような過酷で赤裸々な内容が詳細に綴られている。さらには、柳井正氏へのインタビューも敢行している。後に、ユニクロから文藝春秋社へ裁判を起こされる事態となったが、文藝春秋社が勝利している。事実誤認はなかった、と裏付けされたことにより、本書の価値が更に高まったという訳だ。

 そして、すっかりユニクロから厄介者の烙印を押された著者が名字を変え、国内のユニクロ店舗へアルバイトとして潜入し、最終的には旗艦店の一つである、新宿ビックロ(現在は閉店)で勤務するに至る続編が、『ユニクロ潜入一年』だが、実はこの続編においても、縫製工場の取材記がある。

 ユニクロだけではなく、ファストファッション業界全体が、人件費の高騰する中国から、東南アジアへと移っていく。その利鞘の恩恵が、わたしたちの暮らしを豊かにしている。そして柳井氏のような富豪は、優秀な経営者として垂涎の的となる。そのような世界で良いのだろうか?と考える一助になる本である。これは是非とも、ご紹介した2冊を一気読みしてみてほしい。

 少し古い記事だが、リンクを貼っておく。こうした問題が告発され、改善される一方で、それが製造コストに影響するなら、企業はまた別のどこかで搾取を行う。サプライチェーン全体が人道的に適正であることを、消費者が把握するのは不可能だ。ユニクロを端緒に、いま身につけている服がどこから来たのか、それを考えるきっかけになればと思う。

4.『ルポ 技能実習生』 (ちくま新書)

 肉や魚、野菜や米。日本人は国産の農産物が大好きだ。しかし、それらの多くに、ベトナム人をはじめとした、外国人技能実習生が関わっている。あなたの食べている野菜はきっと、ベトナムの「送り出し機関」から稼ぎに来た、未来を夢見る若者が手掛けたものだ。

 彼らの多く(おそらく、ほぼ全員)は借金を抱えている。技能実習生として送り出されるためには、多額の費用を払わねばならないからだ。その額は50万〜100万円だという。これは、分かりやすく、かつ比較的新しい記事を見つけたので下記リンク先を参照いただきたい。

 送り出しの際に伝えられていた賃金が実際に払われるのかどうかもわからない。口当たりの良い言葉に乗せられ、しかし農村部の純朴な若者は、親族から費用をかき集め、日本で働くための訓練を受けていよいよ、やってくるのだ。

 そこが、適正に運営されている職場なら良いだろう。そうして稼いだ金を持ち帰り、故郷に錦を飾った者もいるはずだ。そのようになりたいと憧れて来たはずなのだ。しかし、必ずしもうまく行くという訳ではない。

 本書(2020年刊行)によれば、失踪する技能実習生は年間1万2427人、その7割がベトナム人技能実習生だという。くれぐれも誤解しないよう、気をつけてほしい。彼らは、不正に入国することを目的としている訳ではない。日本で学び、稼いで、自身の将来や家族を支えるためにやって来たのだ。しかし彼らは、わたしたちのように、自由に転職することができない。失踪は、そこから逃げ出さざるを得ない状況にあるためなのだ。

 特に嫌悪感のあるケースを引用しよう。社会主義国であるベトナムに育った人は、権利の侵害に気づくことが難しく、仕事を失うことを恐れて声に出さないケースも多い、という前置きの後に続く一文だ。

ベトナム労働法を研究する神戸大学の斉藤善久准教授のもとには、日本で生活する実習生や留学生からのSOSが後を絶たない。緊急性を感じ、自ら現場に乗り込むケースも少なくない。

SOSを出したのは、徳島県の縫製工場で働く実習生の一人だった。その縫製工場には一〇名のベトナム人実習生が働き、工場二階に設置された宿舎で寝泊まりをしていた。

四〇代の男性社長は夜な夜な宿舎に忍び込み、実習生に性的な行為を強要。応じなければ残業代は支払わないと迫っていたが、実際に支払われていた残業代は時給三〇〇円だった。数名は男性社長と関係を持ち、それ以外の数名がスマートフォンでその様子を撮影し、二〇一七年末に外部の支援者を通じ、斉藤氏に届けた。

ただ、彼女たちの訴えは会社への処分を求めるものではなかった。斉藤氏は言う。「警察や労基署への告発を行わないように依頼してきました。これは、もし社長との関係が明らかになれば、少なくとも被害に遭った本人は封建的なベトナムの田舎で待つ夫や恋人、実家周辺のコミュニティに帰れなくなります。

『ルポ 技能実習生』
第三章 なぜ、失踪せざるを得ない状況が生まれるのか より引用
※筆者にて改行のみ追加した

 わたしたちの「メイドインジャパン」は、このようにして支えられている、とまでは言わないが、さながら奴隷労働のような環境で作られるものもある、ということを頭に入れておきたい。

 ところで、そもそも何故、ベトナムから日本に渡るために、それだけの借金を抱えねばならないのだろう?実習先はどのようにして監督されているのだろう?といった関心が湧いた方は、是非とも本書を手に取っていただきたい。我が国の暗部であり、恥部であり、人権の冒涜だ。

わたしたちはどうすれば良いのか

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。冒頭でお話しした通り、あくまで過去の刊行物ついてのお話しであり、必ずしも最新の情報をお伝えできている訳ではありません。そして、本稿には、Amazonやユニクロの不買を促す意図はありません。

 全編を通して最も大切なことは、日本人のほとんどが、このようなアンフェアな事柄から利益を得る側であるという事実を認識することです。優れたサービスの提供者と、(良い品を安く買えたという意味で)利益を得た消費者。その2者間だけで物事を捉えないことです。そう考えられる人が増えていけば、未来は変わっていくと思います。

 以前、ネットプライバシーについて記事を書いた際にも、GoogleやMETA(Facebook、Instagram)に代表されるテック企業が、ユーザーを商品にしている(彼らにとっての顧客はユーザーではなく、広告主である)ことを批判した上で、最後にこう書かせてもらいました。

 「無料」も「ポイント(ポイ活)」も、ほとんどの場合は、代償として情報を差し出す行為です。そして、ネット広告には誰もがうんざりしています。これからは「フェアであること」の価値が高まって行くのではないでしょうか。わたしは、そうした未来を望んでいます。

#160 映画『シチズンフォー』から始まる、ネットプライバシーを守る闘い(わたしの記事です)より

 わたしたちが普通に買い物をするだけで、実は誰かが苦しんでいる。わたしたちがネットに繋がるだけで、実はその情報が競売にかけられている。そんな世界、わたしは嫌です。フェアな世界に生きたいですね。オンラインでも、オフラインでも。

 記事は以上ですが、もし内容に共感いただけて、わたしにコーヒーを奢ってくださる方がいるのなら、購入(投げ銭)していただけると嬉しいです。

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