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アウトブレイクとエスケイプとステルベン⑦

〇〇さんの車椅子の前にしゃがんだまま
部長と所属長にエンゼルケアへ誰か入ってもらえないか依頼する

所属長はデイケアの送迎に出る日で早い出勤だったのだが
とても行ける状況ではない
部長がデイケアの方の段取りをしてくれて
他病棟の8時出勤のスタッフにヘルプを依頼

所属長とヘルプスタッフでエンゼルケアに入る

相談員も来てくれて
息子さんへ来院依頼の電話をかけてくれた
ほとんど羽交締めにされている〇〇さんを見て
部長が
どうせこんななっちゃったたなら
今の勢いで抗原検査やっとくか
と言う

日勤スタッフが急いで検査の準備を始める

そんなドタバタを
エンゼルケアのため病室から出された姉妹が
廊下で椅子に座り眺めている

どんな夜勤だ…


〇〇さんは
結局みんなに羽交締めにされたまま抗原検査実施
液を垂らして染みていく間に
もう陽性反応がくっきり

だよね
だと思ったよ
私散々昨日から絡み倒してるけどね

申し送りの時間が近いからと所属長に言われ
日勤の介護さんに〇〇さんを引き渡す
なかなかの厳しい口調で
コロナですから帰れませんよ!
と食堂の壁の方に追いやられている

〇〇さんは
コロナ感染
エスケイプの危険
職員への暴力行為、で
部屋移動が指示され、隔離対応の準備が始まる

準備が整うまで食堂の壁際で
介護さん1人が張り付いて監視
怒りの持ってきどころがなく荷物をあちこにち投げ飛ばしている

どんなに帰りたくても帰れない
この先退院できる目処も無く
いつまでここにいるのかさえ分からない
かと言って何か特別な治療をしているわけでもない

食べたいものもやりたいことも全て我慢
朝起きて夜眠るまで
毎日毎日同じことの繰り返し
出された食事を食べ
大半を部屋のベッドの上で過ごす
やることなんて何もない
テレビを見て髭を剃るくらいだ

それでも何も言わず過ごしてきた
我慢の限界がきたっておかしくない
コロナの熱で体調も悪かっただろう
そのせいで余計に不穏になったのかもしれない

どれだけ暴れても喚いてもどうやっても
家には帰れない
帰れないのだ

結局その現実を突きつける私たちは
残酷以外の何ものでもない
優しさ、思いやりを持ってなんてどの口が、と荒んだ気持ちになる

出勤してきた夜勤をやってるスタッフから
六花さんどやばいね、ほんとお疲れ様だわ
と声をかけてもらった
大変さを分かってくれる人がいるって
救われるなと思う

9時を回った
葬儀屋さんのお迎えが9時半と言っていたが
まだ来ない
業務時間が終わってしまうため
お見送りができそうにない

病室に行き挨拶をする
夜勤のものですが
これで勤務時間終わってしまい
お見送りできそうに無いので来ました、と伝え
患者さんとの入院中のエピソードを少し話す
家族とそんな話をする時が一番辛い
我慢してもどうしても涙が出てしまう
頭を下げて病室を出た

介護さんと一緒にタイムカードを押してロッカーへ向かう

入りの夕食、明けの朝食と全然関われずごめんね
と言うと
こちらこそ〇〇さん任せちゃってすみません
と言ってくれた

2人で
それにしてもめちゃくちゃな夜勤だったね
と笑いながら着替える

外に出るとちょうど葬儀屋さんの車が来ていた

〇〇さんの息子さんが車を止めて降りてくるのも見えた

お見送りちょうどだね

私服になってしまっていたが介護さんと
お見送りのところに並ぶ
病棟からのお見送りは2人しか降りてこられなかったようだ
長女さんが気づいて頭を下げてくれた

葬儀屋さんの車に乗せられ
退院していくのを深く頭を下げて送り出す
自分の足元をぼんやり見ながら
患者さんの声や仕草
色んなことを思い出す


これがひとつの命の終わり

入院なんてする前の
あなたは一体どんな人だったんだろうね
どんな風に生きて
どんな風に話して
どんな風に笑って
どんな人生だったんだろう

あなたの最期の時に立ちあわせてくれて
本当にありがとう


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