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アウトブレイクとエスケイプとステルベン④

3時半、呼び出された長女さんが到着
部屋まで案内しベッドサイドに座ってもらう

長女さんが付き添っていてくれるので
私も介護さんも業務を回す
経管栄養、朝のオムツ交換、体位変換、吸引
などなど
3時半を過ぎると起き始める患者さんが多く
トイレ対応も

そんな頃またけたたましいモニターの警告音

急いでモニター前にいく
警告音と心拍0の表示とASYSTOLEの表示

だけど
呼吸を拾っているしSpo2値は高値で表示
…?

本人のところへ行くと
呼吸運動が確認できるし
心停止の時の顔をしていない

どういうこと?

モニターの電極を再度確認するが
ズレも外れも無い

家族にはそのことは伝えず
呼吸が浅いためそろそろかと思う
何か気になることがあればいつでもコールで呼んでください
と声をかける

なんだろう
こんなこと初めてだ
ASYSで表示されてるのに呼吸は拾ってる
しかも本人呼吸してる

隣のベッドでは寝たきりのおばあちゃんが
まるで誰かいるかの様にしゃべっている
そうだねぇ、〜してきたのかん?
あんた〜だから、〜だよねぇ

発語はあるものの認知が進んでいるのか耳が遠いのか
普段は全く会話にならないおばあちゃん

そのおばあちゃんが
はっきりとした口調でめちゃくちゃしゃべってる

付き添いの長女さんはそれをどう思いながら聞いてるんだろう、と思いつつ
とりあえず呼吸を確認したので業務に戻る

アラーム音が鳴り続けているため
本当のタイミングがいつなのか判断がつかない
呼吸の波形だけを頼りに何度もモニターを確認

隣のおばあちゃんの経管栄養を見つつ
患者さんの呼吸運動を目視で確認
モニター表示は相変わらずHR0のASYSだ

どうなってる?

隣の部屋でも経管栄養を回収
いつも
ばかやろー
くそばばあ
しね
と悪態しかつかない(それでもスタッフに愛されている)男性が急に

犬がおる

と笑顔で言う
犬…犬か

猫とか犬とかの小動物は割といるようで
色んな患者さんが言うんだよね

犬がいるの?どんな犬?

子犬
困ったな、もらってくれる?

子犬産まれちゃったの?
何匹いるの?

2匹

なんて話しながら流動回収

そうだね
こんな夜は何かが来るよね

私は
うまく言えないが、奇跡が起こるとか
そういった類のことは
どれだ祈ってもどれだけ望んでも欲しても
何か劇的なことが起きて
救われたり幸せが訪れるなんてことはない
と思っている
スーパーマンはいないし王子様もいない

悲観しているわけではない

もちろん逆の時だってある
良いことばかり続くのも
幸せな日々が続くのも
何かの前ぶれでも無いし祈りが通じたわけでもない
強いて言うならば
それだけの努力をした当たり前の結果だと思うし
そんな時は素直に存分に味わえばいい

現実とはそういうものだ
と捉えている

でも
あるのだと思う

死の気配に呼ばれる何か
死が近くなるとやってくる者たちと
それを感じる死に近づいた者たち


病院のベッドに寝かされ目に映る景色はいつも同じ
自分の力では起き上がることもできず
時間毎に訪れるスタッフに
体を拭かれオムツを替えられ
鼻の管や体に開けた穴から決まった時間に
いつも同じ栄養を流し込まれる
日々何度も針を刺され入れられる点滴
最低限の水分さえも処理が追いつかず
痩せ細った体に不自然なほど浮腫んだ手足


健常な人たちが思い描いているであろう
人としての営みはいつか無くしている
それを哀れと見るか生きゆく者の必然とみるか


5時を回っても
アラームは鳴り続け
度々様子を見に行くと呼吸が確認できる

付き添っていた娘さんが言う
もうすぐ妹が来るんです

そうなんですね


そうか、待っているんだね

5時半を回った
まだ暗い廊下に
エレベーターの扉が開いた灯りが見え
次女さんが慌てた様子で出てくる

どうぞ
と病室へ通し長女さんの隣に座ってもらう

6時になる少し前
それまで規則的だった呼吸の波形が不規則になる
伴って安定していたSpo2値も低下し始める

患者さんのところへ行く
ずっと付き添っていた長女さんが
息ができないみたい、と言う

そうですね
呼吸の間隔もだいぶ空いてきました
ずっと頑張ってましたけど
妹さん来て安心したかな
また見に来ますね
そう言って退室

しばらくして呼吸の波形もフラットになった

すると
それまで0だった心拍の波形が表示された
もちろん正常の波形では無い
今度は異常波形だと警告音が鳴る

今まで何も拾わなかったのになんで今?

しばらくの間異常波形を拾い続けたモニターは
程なく全てがフラットになった






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