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Marry Christmas


 ――雪が、降ってきたよ。
 信号を待つ間、一言だけのメッセージを送る。

 吐く息の白さが、今年一番の寒さを物語っていた。
 マフラーを鼻まで押し上げ、鉛色した雲を見上げたら、冷たく白いものがはらりと目の中に落ちてくる。
 まだみぞれ混じりの雪は、雫となって涙のように頬を流れた。
 それを拭うようにしてから、スマホを覗く。
 既読にならない画面をオフにし、青に変わった信号を歩き出す。
 今夜は鍋にしようかな、うん、そうしよう。
 クリスマスイブだから、ちょっと特別な鍋、すき焼きとか、たまには贅沢してもいいよね。
 プレゼントは何にしよう?
 やっぱり奮発して、時計? それとも欲しがっていたスニーカー?
 明日にはクリスマスを迎える街には、浮かれた恋人たちの姿が嫌でも目に入る。
 別に羨ましいわけじゃない、微笑ましいとすら思えた。
 前から歩いてきた初々しく笑い合うカップルを眺め、自分らも三年前はああだったっけ、なんて懐かしさに目を細めた後。
 ――時が止まってしまったかと思った。

 クシャリと細くなる目、口元から零れる八重歯、頬に浮かんだえくぼ、ハスキーな笑い声。
 彼女に向けた笑顔のままで、前を向いた彼氏と視線が絡む。
 この広い都会の中、住んではいない街で偶然バッタリ出逢うなんて、まるで運命よね。
 私は時が止まったかと思ったけれど、向こうは心臓が止まったような顔をしていた気がする。
 横断歩道の真ん中で立ち止まってしまった彼を、十代にも見える愛らしい彼女は、バンビのような大きな瞳で見上げて。

「どしたの? たっくん?」

 たっくん、たっくんだって、たっくん。
 彼の横を通り過ぎた瞬間に、笑いがこぼれた。
 拓海だから、たっくんか、かーわいい。
 信号を渡りきりクルリと振り向くと。
 彼女に引っ張られるようにして向こう側に辿り着いた「たっくん」こと拓海が、何か言いたげに私を見ている。
 私はそれを無表情のまま、一瞥して背を向けた。
 うそつき。
 歩きだした私は少しずつ、その速度を増して、しまいには駆け出していた。

 付き合ってから三年の間、彼に女の影が無かったわけじゃない。
 モテるのは知っていたし、一方的に女の子の方から言い寄られていた。
 その度に、自信を無くしてもう別れよう、って言い合いになって。
 最後にそんなケンカをしたのは一年前だったかな。
 そういえば、あの誓約書、どこにあったかな? 無くしちゃったかも。

 一番大きなトランクケースに、タンスの下四段に入れていた拓海の服や下着をギュウギュウに押し込む。
 小さなトランクには洗面所から持ってきた、髭剃りや彼の歯ブラシや、洗濯機の中に押し込まれていたまだ洗っていない服を詰め込んだ。
 見渡した部屋の片隅には、ギターのアンプが二つ。
 優しい私はそれを丁寧にナイロン袋に入れてあげた。
 ギターも勿論ケースに入れてあげたけれど、これが防水かどうかは知らない。
 茶碗や枕は捨てておいてあげる。 
 あの可愛いバンビちゃんに、新しいの買って貰えばいいんじゃないかな?
 角部屋で良かった。
 師走のこの時期だから、大掃除でもしているのだろうって大目に見てくれる気がする。
 ドアの横に拓海の全ての荷物を出した。
 一応、廊下にも屋根はあるけど風が吹きこんだら雪が積もる。
 さっさと取りにこないと大事なギターもアンプもイカレちゃうかもね。
 クリスマスイブなのに、こんな日になんて。
 いや、こんな日だから?
 私が起きる前に、さっさと出かけたのは、バンビちゃんとの約束があったから?
 忙しく動いていた体を止めて深呼吸したら、体の中から一瞬で冷え込んで、自分を抱きしめるように縮こまる。
 どうしよう、涙も出ない。
 あの光景を見ても、もう怒りすら湧かないのは潮時なのかもしれない。

 クシャリと細くなる目、口元から零れる八重歯、頬に浮かんだえくぼ、ハスキーな笑い声。
 三年前、あの笑顔が向けられていたのは確かに私だった。

***

「バンドやってたんだ?」
「はい、よろしければ」

 人懐こい笑顔を浮かべたのは、本日派遣が終了し退社する野添拓海くんだった。
 帰り際会社を出て歩き始めてすぐ、呼び止められ、一枚のチケットを手渡された。
 ライブのチケットのようだ。

「いくら? お金払うよ」

 財布をとり出そうとした私に野添くんは首を横に振る。

「これは御礼です、片瀬さんにずっと教えてもらっていたし。本当にありがとうございました」
「じゃあ、ありがたく貰っておこうかな。野添くんにはいっぱい苦労させられたし」
「で、ですよね、すみません」
「ウソウソ、優秀だったよ。契約延長して欲しかったなあ」
「俺もしたかったです、片瀬さんに逢えなくなるの寂しいから」

 クシャリと細くなる目に見据えられたら、なんだか社交辞令もまともに受け止めてしまいそうでそっと視線をはずした。

「私も残念、会社にイケメンがいなくなっちゃうの」

 クスクス笑った野添くんと並んで歩き出す。

「なんで延長しなかったの? なんか不服があった? お給料面とか、例えば社内で問題があったとか」
「そういうのじゃないんです。時給も良かったし、片瀬さんやシステム部の皆さん優しかったし、ただ」
「ただ?」
「時間が……」

 土日祝日休み、九時~十八時、基本派遣さんには残業をお願いしない。
 世間一般的には、優良案件なんじゃないんだろうか?

「バンド練習とか、大体夜で。ライブも平日とかにもあったりするし。そうなると、昼間にリハやったり……」
「そっか、時間が合わなかった」
「です」

 猫みたいに鼻柱に皺を寄せ、顔を歪め残念がる野添くんの話に、私も納得する。
 
「年明けから? バイト?」
「いいえ、明後日から」
「え? クリスマスだよ?」
「イブとクリスマスはケーキ売りのバイトをして、あと年末は神社の初詣客を整理するバイト。正月二日から一週間ほど、デパートの福袋売り場で、そこからコンビニのバイトが決まってます」
「めっちゃ働くじゃん」
「派遣と違って時給そんなに良くないし」
「だとしてもだ。せめてクリスマスくらいは彼女と過ごしてあげないと」
「へ?」

 野添くんのすっとんきょうな返事に顔をあげたら、困ったように眉尻を下げた。

「いないんっすけど?」
「え? 嘘だ? モテそうなのに?」
「あーあ、やっぱわかってなかった、わかってもらえてなかった」
「なに?」

 深くため息をついた野添くんが、足を止めて私に向き直る。

「俺、ずっと片瀬さんにアプローチしてたの、本当に気づいてなかった?」

 ……、あれ?
 ――今度一緒に飲みに行きましょうよ!
 ――会社の近くの坂道がクリスマスイルミネーションで今めっちゃキレイなんですよ、一度見に行きません?
 ――片瀬さんの好きな曲教えて下さい。聞いてみたくて。
 もしかして、今までのって……、あ、れ?

「気づいてなかった……」

 しばしの沈黙の後、呆然とつぶやく私に野添くんは「やっぱりー!」と悲し気な声をあげた。

「片瀬さんは彼氏とか、その」
「い、いないけど」

 待って、ねえ、やばい!
 こういうのって突然言われちゃったりしたら、人間挙動不審になるし、とてつもなく意識し始めちゃうんだ。
 可愛いだけの男の子だと思ってた。
 素直で優しくて癒し系だなあなんて思ってただけの彼が、まさか私のことをそんな目で見ていたなんて。
 困る、とっても困ると言うのに、なぜだろうか? 恥ずかしくて、でも嬉しくて、上昇した体温が私の耳まで赤く染め上げている気がする。
 折しもクリスマス時期だし、彼氏いない歴二年になる二十八歳OLは、二十四歳可愛い男の子からのサプライズ告白に不覚にもクラクラし始めている。
 
「ほ、本当は、その、ライブでかっこいいとこ見せてから徐々にって思ってて……でも、どうしよう。もう言っちゃったも同然だし」

 今更、動揺し始めた彼の困った顔がおかしくてクスクス笑う。

「クリスマスケーキ売りのバイトって、何時に終わるの?」
「え、っと二十時頃って」
「んじゃ、その後お疲れ様会でもしよっか? 野添くんの用事がなければ」
「な、ないっ、ないんで! 是非っ!」

 寒さなのか、嬉しさからなのか紅く染まった頬。
 クシャリと目を細め、八重歯をこぼして嬉しそうに笑った彼を見て、初めて胸の奥で何かがコトリと動く。
 それがハジマリの合図と気付いたのは、約束のクリスマスの夜のこと。
 コトリと動いて芽生えたものは、愛しさだった。

***

 ハジマリがあのクリスマスなら、丸三年で終えるのも丁度いいだろう。
 あの頃の拓海は『定職にもつかずにバンドなんかして』と実家から追い出され、友達の家を転々としていた。
 派遣からバイトに変わり、更に生活が厳しくなった拓海を『一緒に住まない?』と誘ったのは私からだ。
 それから半年後、一人目はファンの子だった。
 二人目はバイト先、三人目はライブハウスのスタッフ。
 一方的に彼に近寄ってきた彼女たち。
 恋人である私の存在は、バンド内で一番人気のある拓海には、プラスにはならないだろうと隠し通していた。
 だから、私たちのことを知っているのはバンドメンバーのみ。
 彼女たちは『恋人がいない憧れの人』にアタックしていただけ。
 それはわかる、悲しいけれど理解した。
 ただ私が許せなかったのは、きっぱり断る勇気のない拓海の態度。
 優しいから、誰かを傷つけるのが怖いから、そういう人だというのはわかってる。
 でも、それで傷ついてるのは私一人なのに。
 怒って、泣いて、その都度別れを切り出したのは、四つ年上の私よりも、彼女たちの方が若くて可愛かったから。
 断わりきれないなら、そっちに行けばいいのに、と泣いた私に、拓海の方が大泣きをする。
 一人目の時に『もう誤解されるような真似はしない』と誓った手前か、二人目の時は、私の許しを乞うために、スキンヘッドにして帰ってきたから、慌ててウィッグを買いに連れて行った。
 三人目の時は、そんなことをされる前に誓約書を書かせた。
『今後、そのようなことがあれば片瀬サクラさんの家から出て行き、二度と顔を見せないことを誓います』
 サクラを失うのは絶対にイヤだからとサインをしてくれた拓海と、何度泣きながら抱きしめあっただろう。
 あの時、あんなにも本気で怒ったし泣いたし嫉妬したのに――。
 もう、なんの感情も湧き上がってこない。
 胸の奥で渦巻いていた苦しいとか悲しいとか、どこに行ってしまったんだろう?
 さっき、すれ違った瞬間思ったことは。

 ――ああ、またか。

 期待はしないようにしていたから平気だったのかもしれない。
 拓海は、結局誰にでも愛されちゃうワンコだ。
 三十一歳になった私には、もう飼いきれない。
 新しい飼い主に可愛がってもらえばいい。

 玄関ドアの内錠をするのは、拓海が合鍵を持っているから。
 リビングドアを開け立ち止まり見渡した室内、まだアチコチで拓海が主張をしてる。
 壁に張った古い洋画のポスター、二人掛けのダイニングの上にあるミニサボテン、玄関マットも拓海が選んだんだっけ。
 そのどれも全てを片付ける気力が今はなく、暖房をつけてからぼんやりと珈琲を落とす。
 これは拓海のが上手だったな、私が淹れたのはなんだか苦みがキツイから。
 今日のもきっとそうだろう。
 二つ並んだペアのコーヒーカップ、白いのにだけ注ぎ、黒いのを棚の一番奥に片づけて。
 暗くなってきた外の様子が気になり、ベランダのレースのカーテンを開けたら、窓には結露。
 この掃除も毎朝拓海がしてくれてたっけ。
 キュッキュと指で結露を使い落書きをした。
『明日から一人で』
 そこまで書きかけて、全部消した。
 窓の向こうの景色が夕暮れの中で白く染まり始めている。
 隣の家の屋根、置いてある自転車のサドル、傘の花があちこちで咲き、歩道の誰の足あともない端っこから白くなっていた。
 すすった珈琲はやはり酷く苦くて、がっかりしながら鞄に閉まっていたスマホの存在をようやく思い出す。
 マナーモードでバイブにもしてなかったスマホをスライドした。
 届いていた未読のメッセージの数が百近くになっていて、自分の目を疑ったけれど。
 大体は広告で、半分くらいは拓海からなのかもしれない。
 既読にしたくなくて、ポップアップで出ていた拓海の最新のメッセージだけを確認する。

 ――今、姉ちゃんたち新幹線に載せたよ。これから戻るね。

 は? どういうこと⁉ まさか、あのバンビちゃんを姉ちゃんだと言い張る気⁉
 新幹線ってことは今度は遠距離かな? 大変だねえ。

 ――サクラ? 家にいるよね?
 ――雪、すごいよ? 窓の外、見てみ? ホワイトクリスマスになりそう。あの時と一緒だよね。

 あの時と一緒、うん、ハジマリとオワリが同じような空模様になるなんてね。

***

 三年前も真っ白に染まったクリスマス。
 駅前のクリスマスツリーの下、待ち合わせの場所に現れた拓海は、鼻も手も真っ赤だった。
 ついさっきまで、外でケーキを売っていたんだとか。
 小さいケーキの箱を抱え「メリークリスマス! 片瀬さん」と、嬉しそうに笑う彼の頭に、積もった雪を背伸びして振り払う。

「左手に、はめて。で、ケーキ、貸して」

 自分の左手にはめていた手袋を渡して、右手でケーキの箱を持ち彼の右側に立つ。
 野添くんは、頷きながら渡した手袋を左手にはめてから、空いている右手を私に差し出す。

「めっちゃ冷たいじゃん」

 その冷えきった手を温めるように握り返し「メリークリスマス、野添くん」と笑いかけたら。
 今まで見たことないくらい、優しい目をして。

「今、もっと片瀬さんの温もりが欲しくなったんっすけど」

 繫いだ手を引かれて、飛び込んだ拓海の胸の中、思いきり抱きしめられた。

***

 ――ケーキ、買ったよ! あ、冷蔵庫の中にシャンパン冷やしてるからね?

 は? ちょっと待って? この状況でクリスマス会でも開こうとしてるの?
 どれだけ鈍感なの? というか、開き直って謝る気も無くなったってこと!?

 ――駅前のスーパー、チキンが安くなってた! 照り焼きだけどいい? フライドチキン系がもう無くなってて。

 駅まで帰ってきた、ってことは後十五分ほどで着くんじゃないの?
 ど、どうしよう⁉
 いや、気づきなよ?
 あんなシーン見られて、私が何にも感じてない、とか思ってんじゃないの?
 私だってそう思ってた、心が死んでるのかなって思ってた。
 でも、このとんでもないポジティブメッセージの数々に、段々ムカついてるの。
 そろそろ、ブロックしようかってほどイライラが募ってるの、なんでか読むの止められないけど。
 次はどんなのが届くのよって、待ってる自分に気づき出した。
 でも、なぜかその後のメッセージが止まる。
 三十分経っても届かない。
 あ、電池が死んだのか。
 そう悟った瞬間。
 着信画面には拓海の名前、電話が鳴ってる。
 ビックリして一瞬手から落としかける。
 どうしよう、どうしたらいい? 
 ああ、でも、この電話で伝えてしまおう。
 玄関前の荷物を持って、とっとと立ち去れと一言で終わらせる。
 スーッと深呼吸して、通話ボタンをタップした。

『サクラ! 外、見て? ベランダ出てきて』
「は?」
『ね、いいから』
「もうさ、いい加減に」

 腹が立ちながらも、これが最後だとベランダに出て、下を見下ろしたらマンションの敷地内、さっき見た時よりも更に白く染まった景色の中で拓海が私を見上げて手を振っていた。

「ねえ、雪だるま作った」

 三階からでも肉眼でわかるほど、嬉しそうに八重歯を覗かせて笑う拓海の横には、子供の背丈ほどの雪だるま。
 なるほど、三十分の無言はこのためか、子供か‼

「サクラ、あのね」

 返事もせず、無表情で見下ろす私は、拓海の目にどう映ってるんだろう。
 怖い年上の彼女? いや、もうただの都合のいい同居人だったのかもね。

「報告があります」

 バンビちゃんのこと?

「来年春にデビューが決まりました」
「は? 聞いてない!!」

 思わず大声で返事をしてしまってから、慌てて口を塞ぐ。

「うん、クリスマスに伝えたくて言ってなかった!」

 なに、無邪気に笑ってんだ! そんな大事なこと、こんな日に言うなー‼

「で、ここからがもっと重要! テレビボードの下の引き出し、開けて?」

 スマホを耳につけて、拓海が指示をするから私も真似して同じ形を取る。
 デビュー以上に重要なことなんかない、もっと話が聞きたいのに。
 少しのため息をマイク部分にこぼしながら、引き出しを開ける。

「開けたよ」
『手前にDVDがあると思うんだけど』
「ねえ、こういうのは立てて片づけてって、何度も」

 横向きに置かれたDVDを手にして、その下に隠すように置かれていたものに気が付いた。

「なに、……これ」
『箱と封筒、開けて?』

 震える手でリングケースらしき箱を開ける。
 小さな石のついた銀色の指輪。
 封筒の中身は、拓海の名前が記入してある茶色の紙……。

「っ、なんなのよ、これ……」
『デビューが決まったら、サクラにプロポーズしようって、ずっと思ってた。三年前、クリスマスの日から俺たち、始まったでしょ? だから、今夜にしようって決めてた。サクラ、待たせてごめんね、俺と結婚、』
「するわけないでしょーが‼ 浮気しておいて、その帰りによくそんなこと言えるね、バカなの? いや、バカでしょ‼」

 プロポーズの言葉を途中で遮って、思いのたけをぶちまけた。

『え? 浮気⁉ 俺が?』 
「今日、一緒に歩いてた」
『はー⁉ あれ、姪っ子‼ ねーちゃん夫婦も一緒にいたし。今日は日帰りだったけど、今度はゆっくりサクラにも会いに来るねって。つうかさ? 今朝、サクラに言って出たはずだけど?』

 ん? 今朝?
『今日、秋田から、ねーちゃん来るって。夕方まで出かけるけど夜には戻るからね』
 あれ?
 なんか、夢の中で言われた、ような、あれ?
 ――今、姉ちゃんたち新幹線に載せたよ。これから戻るね。
 年の離れたお姉さんが秋田に嫁いでいると聞いたことがある。
 高校生になる姪っ子ちゃんがいるとか、言っていたような。
 ふと、今日の光景を思い返したら、確かに拓海と姪っ子ちゃんの後ろに、ご夫婦らしき男女もいた、気がす、る……。
 つまりは、全て私の勘違い⁉ あれえ!?

『サクラ?』
「うん……」
『今から、返事、聞きに帰るね?』
「ん……、ううん、そこにいて、私が行くから」

 通話を切り、光を放っているものに手を伸ばす。
 私の薬指にジャストフィットした指輪を眺めていたら涙が零れた。
 立ち上がり、走り出す。
 廊下に降り積もった雪に足を取られながら、階段を二段飛ばしで下る。

「拓海!!」

 マンションのエントランスの向こうに、白く染まった世界の中、頭に雪を積もらせた拓海が私を見て目を細めていた。

「おかえり、……えっと、メリークリスマス」
「ただいま、サクラ。メリークリスマス!」

 クシャリと細くなる目、口元から零れる八重歯、頬に浮かんだえくぼ、ハスキーな笑い声。
 大きく腕を広げて私が飛び込んでくるのを待っているみたい。
 返事がイエスだなんて、まだ言ってもいないのに自信満々じゃないか。
 手も耳も頬も寒さで真っ赤になりながら、子供みたいに嬉しそうに笑ってる。
 返事を焦らすように、背伸びして拓海の頭の雪を払うと、私の指にはめられたものに気づいたようで、目を細めた。

「結婚してよ、サクラ」
「……、する、うん、しよう?」

 恥ずかしさに苦笑して、そっと見上げたら、雪と一緒に降ってきた唇。
 その冷たさを温め合うように、何度も重ね合って、少しの隙間も埋め合うようにしっかりと抱きしめあう。
 それから、めでたしめでたしで終わったわけじゃなく、実は少しだけ揉めた。
 私が、廊下に出していた拓海の荷物の件をすっかり忘れていたこと。
 拓海が雪だるまを作っている間、雪の上に置かれていたケーキの箱がベチョベチョになってしまったこと。
 いつもみたいに些細なケンカをして、今度は私が緑色の誓約書にサインをするのは、日付が変わった頃の話。

――Marry me & Merry Christmas――

あとがき
 この記事は、西野夏葉様主催アドベントカレンダー参加のための作品となっております。
 私は12月13日を担当しました。
 その頃には、コンテスト参加作品にも目処がついてそうだし、連載も終わってるかもしれない、久々に弾けるかと、うっかり軽い気持ちで「ハイハーイ」と手を挙げたものの、メンバー見てゾッとしました。(そして、目処もついてないし、連載も真っ最中)
 主催者様始め、猛者ばかりじゃないか!! 
 トップバッターやその周辺、勇気が出ない。
 クリスマスやイブに投稿、いやいやいや、無理だ、心臓が持たない。
 あ、ここ愛ちゃんおるやん、隣にいよう(人見知り)月半ばも丁度いいしと、そんな理由で13日を選ばせていただきました笑
 何を書こうかと迷いました。
 去年も一昨年もクリスマスものは童話だったので。
 で、今年は恋愛物に挑みました。
 キュンを詰め込んでみたつもりですが、いかがでしたでしょうか。
 エブリスタへの先出しとなってしまいましたが、まだ読んでいない方はこちらで楽しんでいただけたら嬉しいのです!!
 忙しかったのに、この作品は楽しく書けたので私にとってもいい刺激になりました~!!
 西野さんお仲間に加えて下さりありがとうございます!
 


 

 

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