大家さん 2

休日の深夜にジャムを作っていた。いただいた柑橘系の果物『たんかん』が大量にあり、ジャムにせざるを得なかったからだ。たんかんを煮ながら部屋の片付けをしたりしていると、家のチャイムが鳴った。深夜の1時だ。こんな時間にこの家を訪ねてくるのは誰1人いないはずだ。いや、世間的にもいないだろう。アフリカで生きるミーアキャットのごとく警戒心を研ぎ澄ませ、ドアの覗き穴を見ると大家さんだった。ホッと胸を撫で下ろしながらも、なんだと思いドアを開けると、開口一番
「何かひきづってます?」
と言われた。理解が及ばず、はて?みたいな顔をしていると、
「音がして寝れないのよ」
と言われた。どうやら天井から何かをひきずるかのような騒音が響き、睡眠を妨げられているらしい。一瞬、申し訳ないと思ったが、大家さんの部屋は二階も下だし、第一、"何か"は引きずっていない。しかも引きずっているなんて人でも殺したかのような言いようだ。別に部屋の片付けもバタバタとしていたわけでもない。ゴミを捨てていたくらいだ。
「何にもひきづってないですよ」
と言うと、
「本当?音がすごいのよ…。…何かひきづってる?」
いや、だからひきずっていない。至極まともな顔で大家さんを見つめるが、大家さんは不審の目を緩める気配がない。入居前に世間話でお茶を酌み交わした思い出はどこへ行ってしまったのであろうか。
「本当にふつうに歩いてたりしてただけです。もし、それでうるさくしてたらごめんなさい。」
と謝罪した。だが、歩く音でうるさかったのなら、大家さんは『ひきずる音』などとは表現しないはずだ。何か重要な物事を見逃しているのだろうか…。夢でも見ているのだろうか。念のため、30分前からの自分の行動を思い返したが、近隣住民へ迷惑をかけるような事はしていない。そう思っていると、
「なんなのかしら…。ひきづってない?」
と再び言われた。しつこい…。しつこすぎる…。もう「ひきずってました」と言ってしまおうかと思った。そのほうが早い気がする。『休日深夜ひきずり魔』の汚名を被り、謝ろう。眠たいし、ドアの隙間から入る冷気でお腹は冷え切っていた。マンションの廊下にも僕らの会話が響き渡っていて良い気はしない。言ってしまおう、もうそれしかないと決意新たにしようとしたところ、
「畳だったらね、あんまり音はしないんだけどね。床だからね。気をつけてね」
と、突然さーっと帰ってしまった。いつの間にか『休日深夜ひきずり魔』の汚名を被せられていたが、こんなこともあるかと開き直って、ドアを閉め、その日はさっさと布団へ入った。

寝床の中でもし、何かをひきずる際は事前に申請してやろうかと思いながら寝た。

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