あわしま・かわたれ日記(9)「お弁当の日」

 大学4年生のときに私は島に教育実習に行った。私が島に住んでいたときは自宅に帰って昼ごはんを食べていたのだが、その時代とは違ってお弁当になっていた。
「昔は昼休みに家に帰って食べていたけど、今は違うんだね。母ちゃん、これからお弁当頼むね。」
「あいよ。」
 次の日の昼休み、みんなで調理室に集まった。
「みんな、どんなお弁当なのかな。」
「先生、これ食べる!?」
「おう。ありがとう!!」
 ひととおりみんなと会話をして、食事の席に着いた。そして自分の弁当を開けたとたん、びっくりした。そこには「タコさんウィンナー」や「ウサギさんりんご」などかわいらしいおかずがぎっしりだった。恥ずかしくなり、思わず子どもたちとの距離をとった。
(これは…。20過ぎのお弁当じゃない。小、中学生のお弁当だ。)
 そう思った。考えてみれば15歳で島を出て、親元を離れて暮らしてきた。島には高校がないので、高校生になると親から離れて暮らさなければいけない。普通ならば、高校生までは一緒に暮らしているはずである。母の中の私はまだ中学生のままなんだ。だから教育実習期間の母はなんだか嬉しそうだった。
 家に帰って母に言った。
「母ちゃん、おにぎり2個でいいからね。俺先生だから。」
「あいよ。」
そう言いながら母ちゃんの嬉しい「抵抗」が続く。
 その日は雨。傘を持って来なかったので走って帰ろうと思い、実習を終えた私は職員玄関に向かった。すると、私の名前が書いてある下駄箱に見覚えのある傘が…。
(まさか、母ちゃん!?)
 傘をさして家に着くとすぐに台所にいる母のところに向かった。
「傘、母ちゃん?」
「そうだよ。」
「いや、そのぉ嬉しいんだけど、俺もう大人だから…。今、先生だから…。」
「わかったよ。ごめんよ。」
 寂しそうな声で母は言った。
「いやぁそのぉ…。」
 申し訳ない気持ちになった。気持ちはわかるが、年齢も年齢だから母にそうしないように再度お願いした。
 親にとっては何歳になっても子どもなんだろう。

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