第9話　天網恢恢、自業自得とはこのことかねえ(六)

「おや、そんにゃことが出来るのかい。さすがは国中くにじゅうに名前にゃまえが知れ渡っている有名陰陽師おんみょうじにゃ神様だねえ」

　葛乃葉くずのはの隣に現れた安倍晴明あべのせいめい公に気安く声を掛ける火車かしゃ。

「ええ。火車さんもご健勝けんしょうですね。――で、私は火車さんにお願いがあるのですよ」

　晴明は、柔和にゅうわな笑顔で火車を見ながら言った。

「にゃんだい？　神であるアンタがアタシにお願いだにゃんて、にゃんだか怖いねえ」
　
　が、少しも怖がってない口調で火車は答える。

「この白猫こに名前を付けてやって欲しいんですよ」　
「――にゃんだって！？」

　安倍晴明公の眷族けんぞくに名前を付ける。

　つまりそれは、火車も安倍晴明公の眷族を使役しえきする権利を持てる。との意味合いになる。

「本当に何を考えているの？　自分の眷族の名前を火車に付けさせるなんて」

　葛乃葉とて黙って聞いてはいられない。

「本気ですよ。火車さんにこの白猫この名前をつけて貰えば、間接的に母上の手伝いが出来るとも言えるんですから」
　
　晴明は葛乃葉に笑顔を向ける。

「……ま、まあまあ、あなたって子は……あなたが人間だった頃、まともに側に居てあげられなかった私に対して、そんなに気を使うことなどないのに……」

　晴明の言葉を聞いて、母親の顔になった葛乃葉は、嬉しさが混じった声音こわねで言った。

「それに……」

　晴明は火車と白猫を交互に見てから、白猫へと視線を止とめた。

「この白猫こもそれを望んでいるのですからな」

　そこまで言われては、火車も断ことわり辛づらい。

「……本当に良いのかい？」

　暫し悩んだあとに火車は問う。

「「はい。お願いします」」

　晴明と白猫が同時に答える。

「……にゃら、しょうがにゃいねえ。どんな名前にゃまえが良いかねえ」
　
　少し面倒くさそうに、だが白猫が九十九神つくもがみに成なった経緯けいいを思い出しながら考える。

「……そうだねえ。実体のある九十九神に成にゃった白猫だから、『実白みしろ』ってのはどうかねえ」

　と、なんとか良さげな名前を思い付いて火車は言った。

「『実白』。綺麗な名前です。ワタシは今から『実白』ですね」

　実白の姿が一瞬輝いて見えた。

「良よき名を貰ったな『実白』」
「はい！　晴明様！」　
　
　晴明がその名を呼ぶと、実白は笑顔で答える。
　
　すると、実白の姿が白い光の玉となり、晴明の着物の袖そでへと入って行った。

　その際さい――、

(火車さん。素敵な名前をありがとうございます)

　実白は袖の中へ消える前に、火車にだけ聞こえる声でお礼の言葉を残した。

　
　そして火車は、罪人ざいにんに目を向ける。

　罪人に繋つながれているコードがモニターにも繋がっている。
　モニターには心電図が写し出されていた。

　――ピッ、ピッ、ピッ、ピー……――。

　規則正しく、波形はけいを描えがいていた心電図は真っ直ぐになる。　　

　実白が晴明の袖へ入ったと同時に、罪人への加護が無くなったのだ。

「ふふっ」

　火車の金色の瞳ひとみが、きらーん！　と光る。それは獲物えものを前にした猫の目だ。

　誰にも看取られず、命を落とした罪人は亡者と成った。
　
　火車は自分が死んだことを理解出来てない亡者本人と亡骸なきがらを、がしっ、と捕とらえる。

　葛乃葉は黙って病室の窓を開けた。

「にゃいす！　葛乃葉！」

　『ナイス』と言いたかったらしいが、どうしても『な』を『にゃ』としか発音出来ない火車だった。
　
　窓から外へ飛び出すと、本性ほんしょうである虎ほどの大きさの白地しろじに黒模様の二毛猫にけねこの姿に戻って、亡者と亡骸を口に咥くわえ、空中に停車中の火の車ワゴンまで駆かけ上がる。

「それでは、安倍晴明様。葛乃葉様。俺も失礼致します。葛乃葉様。お力添え頂きありがとうございます」

　クロベエは安倍晴明公と葛乃葉に一礼し、窓から出ると、火の車ワゴンまで飛び上がった。

　罪人にはしっかり罰ばつが当たった。
　天てんは罪を見逃さないのである。

　
　#創作大賞2023