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お迎え特殊課の火車6


 第6話 天網恢恢、自業自得とはこのことかねえ(三) 

 出棺しゅっかんの時間が近いらしい。

 クロベエは出入り口付近まで悠々と歩いて行く。

 棺を乗せる車と出入り口の距離は近い。

 出棺が始まり、遺族や親しい人々が斎場さいじょうからひつぎを運び出して来る。

 その中には葬祭会館の職員の姿もあるが、職員達は火車かしゃの伝説を知っているだろうか?
 
亡骸なきがらを火車に取られるは一族の恥』

 火車にはそんな伝説がある。

 そう、火車は亡者の魂だけでなく、亡骸までもさらって行くのだ。

 おまけにだ、『火車は雨雲とかみなりともなって現れる』とも伝えられている。が、実際は雨雲ではなく黒雲くろくもの幻で、雷は音だけだ。が、それらは人間を恐れさせる為の演出である。

(これは地獄に就職してから義務付けられたんだよねえ……)

 火車は心の中で呟いた。 

 それ以前から人間を驚かせるつもりで、時々やってはいたが……。

(義務ににゃっちまうと面倒に思えちまうさねえ……) 

 何しろ火車は化け『猫』なので気紛れなのだ。
 
 ともあれ――、

 棺が出入り口から完全に運び出される瞬間を狙って、クロベエはその蓋に両手をかけ、力任せにじ開ける。

 蓋がひらき花に囲まれた亡骸が姿を現す。

 同時に、ガンッ! と棺が地面に落とされた。

「きゃあっ!」
「なんだ! どうして蓋が開いたんだ!?」
「何が起きてる!?」

 混乱する遺族や弔問客の声を尻目に、クロベエは亡骸をかか火の車ワゴンへ飛び上がる。

 そのまま荷台のドアを開け亡骸を放り込む――と荷台には亡者本人が既にとらえられ、特殊なロープでぐるぐる巻きにされ、これまた特殊なガムテープで口を封じられていた。

 今回、亡骸を拐ったのはクロベエで、亡者の魂――つまり本人を捕らえたのは火車である。
 
 役割を分けた理由は、今回の亡者がどこかへ逃げ出そうとしていたからだ。

 火車は棺の中にも近くにも亡者がいないことに気づき、死の気配を察知するその能力で亡者本人を見つけて捕らえたのだ。

「二人目は……」

 火車は本性ほんしょうである猫の姿で次の亡者えものに目を付ける。

 本日二人目の亡者の棺が運ばれて来るが、外の騒ぎで葬祭会館ロビーまでしか出て来れない。

「何があった!?」

 控え室から管理職らしき中年男性職員が飛び出て来るが、外の惨状さんじょうを目にすると、おどろいてその場に立ちまる。

「主任! 棺の蓋が突然ひらいて御遺体ごいたいが……御遺体が空に飛んで行ってしまったんです!」

 中年男性を主任と呼んだ、年若い男性職員が困惑気味こんわくぎみに説明する。

 普通ならば、これらの話は一蹴いっしゅうされてしまうだろうが、インターネットが発達したこの時代、葬儀をり行う者同士の繋がりも増えたのだろう。 

「火車……か? 昨年さくねん、関東で起こった遺体消失事件は、本当に火車の仕業だったの……か?」 

 主任と呼ばれた中年男性職員は誰に問うでもなく、自分に言い聞かせるように呟いた。

「こりゃあ、ちぃっと面倒な事態ににゃったかねえ」

 と言っても、特に面倒そうには見えない火車である。

「クロベエ~!」

 美女の姿に変化した化けた火車は、ふところから金色の扇子せんすを取り出し、火の車ワゴンに戻っていたクロベエを呼ぶ。
 
 と、火の車ワゴンからクロベエが飛び降りて来る。

「面倒そうことになってますね。次はあの棺でしょう?」

 ロビーはガラス張りで中の様子が見える。

「そうだよ。じゃ、正面からアンタとアタシで入って、亡骸にゃきがらと亡者をお迎えしようじゃにゃいか」

 火車の目にはえていた。棺の中の亡者が自分の亡骸にすがりつき、外の騒ぎを聞きながら、ガタガタをふるえている姿が。

「それが簡単ですね」

 クロベエは事も無げに言って、火車とともに歩き出す。

「御遺体を斎場へ戻せ! 早く!」 

 主任と呼ばれた中年男性職員が焦りながら部下に指示を出す。

 が、とき既に遅し。
 火車とクロベエは誰の目にも見えぬまま、ロビーに入り、そろって棺の蓋に手をがける。
 
 ――ガギッ!

 蓋が開き、亡骸と亡者本人の姿が火車とクロベエの目にさらされる。
 
『ひゃあ!』

 悲鳴を上げて逃げようとする亡者を、火車が金色の扇子で「ばしっ!」と打ちのめすと、亡者の動きが、ぴたりと止まる。

妖怪獄卒火車ごくそつかしゃ火の車ワゴン

 クロベエは亡骸をかかえ、大混乱に陥っているロビーのガラスを持ち前の怪力かいりきで叩き割ると、そこから外に出て空へと飛び上がった。

 火車は本性である虎ほどの大きさがある猫の姿に戻って、亡者本人をくわえて空へ飛び上がる。 
 
 ――こうして本日二件のお迎えは終わった。

 あとは残り三件だが、二件は火車とクロベエの連携でなんなく終わったが、最後の一件が不思議な事態になっていると知ってはいても、お仕事なので行かなければならない火車達なのだった……。

#創作大賞2023

 
 


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