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お迎え特殊課の火車3


 第3話 後始末。

 それから火車かしゃは、亡者の家がある町の上空をぐるっと回って、あのかえった。

「しかし、お前もにゃんだねえ」

 火車は閻魔帳えんまちょうの写しを読みつつ亡者を引っ立てながら言った。

「小さいと言えど、閻魔堂を燃やして、神社まで燃やしたら、そりゃあ、アタシの出番ににゃっちまうねえ……しかも着け火ほう火と来たもんだよ。どんにゃ理由があろうと、裁判にゃしで地獄きににゃっちまうのはしょうがにゃいねえ」
 
 火車は呆れた調子で言ってから、専門の獄卒に亡者を引き渡した。
 
 神仏を同時に怒らせたのだ。どう弁解しようと、地獄きは免れない。 
 まあ、弁解の機会は与えられないだろうが。

 因みに仏教側の如来様や菩薩様などは人間に罰を与えたりはしないのだが、仏教には天部てんぶと呼ばれる神々が居たりする。
 閻魔大王は天部ではないが、神の一柱ひとはしらになるのだ。

 所謂いわゆる八百万やおよろずの神々にも加えられているらしい。

 ……それから、火車がお迎え特殊課へ戻ると、上司から三十枚の始末書を渡された。

「にゃんだいこりゃあ? せめて十枚だろう!?」
「あの猫が九十九神つくもがみってしまったそうよ! しかも、夜な夜な敷地内を歩きまわって、それを人間に見られてしまったの! だからあの世こちらの者が、現世げんせに新たな怪異を増やしてしまったことも加味されているのよ!」
 
 山吹色の長髪を紫のバレッタで纏め、パンツスーツを身に着けた、三十代半ばの美女が言った。

「そんにゃあ~」

 自らのデスクに突っ伏す火車。自業自得である。

 普通ならこんなことはあり得ないのだ。

 しかし、フィギュアを造った職人の想いが、あの白猫の想いと共鳴してしまったらしく……その結果、フィギュアの九十九神爆誕ばくたんと成ってしまったらしい……。

(こんにゃことにゃら、もっと現世を堪能してくれば良かったかにゃあ……)

 あのフィギュアが搬入はんにゅうされた施設。
 隣の樹林、人間達の暮らしぶり。
 おやしろにお寺に墓地……。

「墓地か……今時いまどきは火葬だからねえ」 

 獄卒である現在は、現世で人間の死肉を食べることは硬く禁じられているが、墓地を見て思わず思い出してしまったのだ……人間の死肉の味を……。

 火車の出動はほぼ五十年近く無かった。
 
 獄卒として地獄に就職したのは、戦国末期の頃だっただろうか? それとも平安末期の辺りだったろうか?

「あの頃は戦が激しくて、そこら中に人間の死体があったにゃあ……」
(今回行った場所は昔と変化していたねえ……アタシの記憶違いじゃにゃければ、五十年くらい前には、東京のほうには、まだ古戦場あとがあったはずにゃんだけどねえ。随分変わっちまったにゃあ……でも今回行った場所は、まだまだ緑が多い印象だったねえ……)
「ほらっ! いつまでも突っ伏してないで始末書を書きなさい!」

 火車の上司、葛乃葉くずのはの怒鳴り声が響く。
 
 葛乃葉は、言わずと知れた、かの安倍晴明あべのせいめい母狐ははぎつねである。

 その怒鳴り声に漸く頭を上げ、フィギュアに成った、あの白猫のことを考えながら、火車は渋々ながら始末書の束に手を伸ばすのだった。


 #創作大賞2023


 

 

 

 
 


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