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読んで楽しい辞典と事典

 辞書というのは、普通、言葉の意味を調べるためにある。辞書を「引く」とも言うが、これは「多くの中から探し出して選び抜く」(岩波国語辞典)と言うところから来ているようで、そう言えば、昔の人には「辞書」ではなく「字引じびき」と言う人も多い。

 「調べる」だと昨今はインターネットの頻度が高そうだし、「引く」だとやっぱり辞書になる。

 辞書の代表格として真っ先に連想するのは、多分「広辞苑」(岩波書店、1955年初版、現在第7版)ではないだろうか?権威ある辞書として認知度も高い。

 一方、語の説明がちょっと変わっていて面白い「新明解国語辞典」(三省堂、1972年初版、現在第8版)もよく売れている人気辞書だ。

 世の中には、面白い辞典や事典がある。

隠れた「真理」を突く辞典

 その一つが、「悪魔の辞典」(ピアス・アンピローズ著・西川正身訳、1997年岩波書店)だ。「冷笑家用語集」の異名もある警句集で、芥川龍之介(1892~1927)の随筆・警句集「侏儒しゅじゅの言葉」(1923~1927)に強い影響を与えたとされる。

 アンピローズ(1842〜1913)は米国のジャーナリストで、1911年に「悪魔の辞典」を刊行している。一つ挙げると、

”安心 (comfort n.): 隣人が不安を覚えているさまをながめることから生ずる心の状態。”

出典:「悪魔の辞典(新編)」から引用 原本は縦書き

 なかなかポイントを突いている。私たちは、しばしば、自分の状態を他人のそれと比較する。例えば、隣に不幸な人がいると、「それよりはマシだ」と自分を慰めたりする。「最近物価の上昇がひどいけど、ヨーロッパはもっと凄いようだ」なんて、最近テレビや新聞でもよく見たり読んだりする。偽善・欺瞞とまでは言わないが、人間心理の妙を言い当てている。

思わぬ視点を知る事典

 不思議な名前に惹かれて買った「万物寿命事典」(フランク・ケンディック&リチャード・ハットン著 川勝久・松野弘訳、1983年講談社)は、疲れた時に時々ページをめくる事典だ。「読む」感覚だ。

 現在入手しにくい状況のようなので、目次を紹介する。

序論 寿命ってなんだろう
第1章 人間の寿命
第2章 動物の寿命
第3章 宇宙、大地、植物・・・の寿命
第4章 食べ物の寿命
第5章 人間が作ったものの寿命
索引

出典:「万物寿命事典」 原文は縦書き


 著者は米国の2人の科学・技術評論家で、宇宙・動物・植物など自然科学系の「寿命」説明は淡々と、親切に進む。例えば、

  • 炭素14:放射性同位元素の炭素14は、5,730年

  • 太陽光線:「太陽光線が月に反射して地球に到達する」のに1.3秒

  • ホタル:世界中に1,300種もいるので正確な寿命を示すのが難しいが、大半は数週間。しかし、成虫になるのに2〜3年かかる

  • イルカ:(生態について説明した後)種にもよるが、25〜50年は生存可能

 料理好きなのだろうか、「食べ物の寿命」には、念が入っている。寿命は保存と深く関わるので、時間系による「味の変化」まで触れる。食べ物には文化的要素も入ってくるので、やや複雑だ。

 1ページを使った「鳥肉の貯蔵寿命」の一覧表では、さまざまな鶏肉の種類別・缶詰・冷凍・調理済みなどの加工別で詳しく説明される。例えば、

  • チキン(丸のまま詰め物をしない)の貯蔵寿命:定温24時間、冷蔵庫1〜2日、冷蔵庫内フリーザー1〜2週間、業務用フリーザー12ヶ月

 どの章も説明がユニークで楽しいが、「人間の寿命」もその一つ。「老化現象」、「人の寿命(ちなみにネアンデルタール人29年)」、「各国の平均寿命」、「アメリカ大統領の寿命」、「小児死亡率」あたりまではついていけるが、「死後の臓器の保存」、「寿命と結婚」なんてのもある。選び方が広範かつユニークだ。説明はいたって真面目で、淡々と「科学的に」述べるのだが、思わずニヤリとしてしまうことがある。気になる「寿命」の例をちょっと挙げると、

  • 大統領の寿命:最高齢はジョン・アダムス(1797~1801)で死亡年齢90歳 (*筆者注:バイデン、トランプ両氏は、まだ「若い」?)

  • 職業と寿命: 最高齢は、「主な交響楽団の指揮者」で平均73.40歳、最若年齢は「イギリスの作家・詩人」で平均63.91歳。ちなみに、「小説家(主な歴史上の)」は67.89歳。

超偏屈老人の寿命

 極め付けは「超偏屈老人」だ。2ページを割いた挿画入りの力作で、実は世界の長寿者の調査を踏まえた寿命の考察となっている。長いので、一部引用すると、

”地球上で、長寿を楽しんできた人は、たいてい人里離れたへんぴなところに住んでいる。カシミールのフンザ地方、ソビエトのコーカサス地方、エクアドルのアンデス地方などでは、125歳かそれ以上の寿命があるという。ほとんどの場合、出生記録や洗礼記録がないので、彼らの主張を額面通り受け取るしかなかったが、疑問は残る。
たった一つの例外がアンデス地方のヴィルカバンバにあった。洗礼記録が残っていて、この人たちの年齢をはっきり証明することになったのである。しかし、老年学者が疑問をもつようになったのは、134歳だと主張しているある人が、5年前には146歳であると言っていたからであった。”  

 ”(英国の老年学者デイヴィッド・デーヴィス博士は、エクアドルの「アンデスの100歳以上の人たち」のなかで数年を過ごしたあとで)寿命をのばすと思われる環境要因をあげた。彼らは赤道近くの高原地帯に居住している。また、カロリー、糖分、動物性脂肪の低い、質素で比較的変化のない食事をとって暮らしているが、果物と野菜だけは豊富にとっている。さらに、丹念に薬草を使用している。彼らは肉体的にも活力があって、どこからも侵略のない生活を送っており、近代化された社会に住んでいる人々のような緊張とストレスに満ちた生活はしていない。空気汚染はほとんどなく、老人も隔離されておらず、老人は重要な社会的機能を果たしつづけている。”

出典:「万物寿命事典」第1章から抜き出し引用 原文は縦書き

 寿命が何年かについては結論を言わず、長寿の秘訣を実証的に述べているような説明だ。最近「人生100年時代」なんて言われるが、「老人も隔離されておらず、老人は重要な社会的機能を果たしつづけている」というのは、考えさせられる。

 「超偏屈老人」は英語の原文でどう言っているのだろうか、ChatGPTで調べたが、「情報がない」との返答だった。

(了)



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