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バナナが背負う荷

バナナは、話題の多い果物だ。

 エンジェルスの大谷選手が、試合の中盤に、ベンチで一本のバナナの皮をいて頬張ほおばる場面がしばしば放映される。4枚の皮を途中まで丁寧に剥いて3口くらいで食べ、決して皮を床には捨てない。キャンデーの包み紙や紙コップを平気で床に捨てる選手が多い(大谷選手が時々「掃除」している姿も映る)なか、正しい作法です。

 「バナナの叩き売り」は、昭和の時代を生きた人の記憶に残っているだろう。
叩き売りの発祥地は北九州の門司港で、1906年、初めてバナナ(台湾産)が輸入されたのが門司港だった由縁ゆえんのようだ。冷蔵手段が乏しく、腐る前に売りさばくため生まれたのが叩き売りだそうだ。

 私が果物で今でも思い出すのは、バナナだけだ。九州の田舎から東京の下町に引っ越して来た幼少期、年に一度は、天井がぐるぐる回るような高熱を出した。治りかけると、親がバナナを買って来てくれた。バナナなんて知らなかったが、多分台湾産で、さぞ高かっただろう。最初の東京オリンピック(1964)の前の話だ。

 先日、久しぶりに近所のスーパーでバナナを買って来た。5本入り¥198(税抜)、バナナの老舗しにせブランドDoleドールのバナナで、甘さと「高地栽培」をうたっている。「フィリピン産」としか書いていないが、南部ミンダナオ島に広がるバナナ農園(プランテーション)が生産地だろう。 

バナナは、統計もしっかりしている。

 日本のバナナは、2022年は99.9%が輸入で、輸入量は1,054,937トンだが、内78.2%がフィリピンからの輸入だ。また、輸入果物の第1位(輸入量)で、2位のパイナップル(17.6万トン)、3位のキウイフルーツ(11.2万トン)に大きく水を開け、「輸入果物の王様」の地位を守っている。(数字は財務省貿易統計)

 日本バナナ輸入組合が主宰しゅさいする「バナナ大学」なる情報サイトの消費動向調査の最新版によれば、他の国産果物と比べても、よく食べる果物のトップに挙げられている。

よく食べる果物
「バナナ」...約64%、「りんご」...約42%、「みかん」...約29% 。
バナナは回答者の6割以上がよく食べる果物として挙げており、19年連続、よく食べる果 物の1位です。
バナナを食べる理由
「手頃な値段だから」が約57%でトップ。
以下、「健康によい」約49%、「おいしいから」約 48%などが上位に挙げられています。

出典:2023年7月「第19回バナナ・果物 消費動向調査」

 購入動機のトップに「手頃な価格だから」とあるが、先のバナナ大学が、総務省家計調査から採った長期統計を見ると、

 バナナの1965年のキロあたり平均価格は、¥218で、57年後の2022年に¥278となるまで、¥100台後半〜¥200台前半の間で長期安定的に推移している。一方、リンゴは、同年それぞれ、¥77、¥512と7倍近く、みかんは、同¥100、¥482と5倍近くに値上がりしている。

 スーパーでもバナナは定位置を持っている。数年前、一時、品薄になったが、その頃「バナナは健康に良い」とか、「バナナ・ダイエット」とかが、特に女性の間で話題になったことが影響したのではないかと思っている。エンジェルスの大谷選手も食べていると言うことで、また人気が出るかもしれない。

 先日、本当はバナナではなく、梨を買いに行ったのだが、日本産の「幸水こうすい」が2個入り¥780で、やめた。幸水梨はしゅんのはずなのに、ずいぶん高い。ちょっと前に買った5個入り特売品¥980は、鮮度が悪く、2個は中が腐りかけていた。

 隣には桃が鎮座ちんざしていたが、2個¥980。2個¥580のも並んでいるが、見るからに貧弱だ。いつも見るだけのシャインマスカットが一房¥1,980。「特別ご奉仕品」とうたっていたが、素通りした。桃は岡山や山梨産は買わず(買えず)、この10年は、復興支援も兼ねて福島産にしている。山形のさくらんぼや、山梨のぶどうは、最後にいつ食べたか忘れるくらいだ。

 「消費者ニーズに対応して、高品質果実の開発や生産が進んでおり、特にぶどうはシャインマスカットなどの優良品種の生産が拡大した」(出典:日本国勢図会2022/2023版「第11章農業・農作物」)そうだが、「消費者ニーズ」とは、富裕層のことかな?

 こんな価格では、国産果物は敬遠してしまう。味のことは今日は触れないが、やたら「糖度」と外見の良さを売り物にしているようなのも気になる。食料自給率が問題になっているのに、「国産品」はどんどん高くなっていて、「国産人」に手が出しにくくなっているのは皮肉だ。

 ちょっと車を走らせれば、国産果物農園の畑が広がっていると言うのに。最近買うのは、ニュージーランド産のキウイ、フィリピンのパイナップル、アメリカやオーストラリアのオレンジやブドウ、みかんの端境期はざかいきには、トルコやペルーのミカンなど、ほとんど輸入品になってしまった。唯一買っているのは、すいか。大きいので輸送費が高いのだろう。

バナナはよく研究され、著作や研究報告も多い。

 バナナは、色々と難しい問題も抱えている。今も「解決」には程遠い状態のようだ。バナナのことを考えるときにははずせない、鶴見良行「バナナと日本人」(1982年岩波新書)は古典的名著で、今回再読した。

 日本向けバナナ最大の生産地、フィリピン・ミンダナオ島に広がる巨大農園(プランテーション)の実地調査をもとにした詳細で奥深い研究報告だ。手に入れやすい新書(税込¥820)・200ページ強の長さなので、ご一読を薦め、ここでは目次の紹介に留める。

目次
1 バナナはどこから?――知られざる日・米・比の構図
2 植民地ミンダナオで―土地を奪った者、奪われた者
3 ダバオ麻農園の姿――経営・労働・技術
4 バナナ農園の出発――多国籍企業進出の陰に
5 多国籍企業の戦略は?――フィリピン資本との結びつき方
6 契約農家の「見えざる鎖」――ふくらみ続ける借金
7 農園で働く人びと――フェンスの内側を見る
8 日本へ、そして食卓へ――流通ルートに何が起ったか
9 つくる人びとを思いながら――平等なつながりのために
あとがき

出典:鶴見良行「バナナと日本人」 1982年岩波新書

 特に印象に残る3点を挙げると、
① 農園労働者は過酷な労働を強いられるが、手元には、想像を絶するほど僅かな賃金しか入らない。さらに、いろいろな前借りや借入の借金を抱えて、農園に縛り付けられる。
(この著作は1980-81年調査と古いのと、フィリピン・日本の生活・貨幣水準の違いもあり、正確な計算が必要と思われるが、少なくとも日本での小売価格のうち数%にも満たないのではと思われる)
②生産から輸出入まで多国籍企業4社のほぼ寡占状態で、利益のほとんどを吸い上げる。多くが途上国の産地には、歴史的になぜか軍事政権や専制体制の国が多く、多国籍企業の進出と寡占化の過程で、癒着や不思議な立法措置が相次いだ。
③そして、栽培労働に駆り出された労働者は、輸出用作物のバナナを食べない。

 近年、かつての多国籍食品企業は、株主が変わったり、事業の再編・統合や売却があり、その姿が変わっているが、基本的生産・流通構造に変わりはないようだ。

 一方、ここ数年、ミンダナオ島の農園労働者の組合代表が殺害されたり、生産時点で濫用らんようされる農薬による労働者の健康被害(アジア太平洋センター「バナナが降らせるフィリピンの『毒の雨』、2020年3月)が明らかになったり、消費国日本でも残留農薬が検出されたりして、バナナの生産・流通企業が告発されたり、不買運動が広がり始めた。数十年の時を経て、フェアトレードの流れが、バナナ生産にも及んできたようだ。

 美味しくて栄養があるが、この半世紀近いバナナの低価格の裏には、生産地の農園労働者の極度の貧困=犠牲が重荷のように横たわっている。甘さが売りの高地栽培バナナの「苦い」重荷だ。

 最後に、映画「男はつらいよ」シリーズで毎回登場するのとらさんの叩き売りの口上こうじょうは懐かしい。50作もあるからバナナも「売った」はずだという思い込みに反して、バナナは入っていないようだった。寅さんの「見識」だったのかな?

(了)


 

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