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コント「団体交渉」 (2508文字)

(ここは、ある企業の労働組合の事務室。これからこの組合は会社幹部らとの団体交渉(以下「団交」ともいいます。)に入ります。)

委員長:今日の団交は今後の組合の進む方向性を決めかねない内容になっています。いよいよ決戦です。「団結がんばろう!」を唱和して行きましょう。
「団結、がんばろうー!」

(労働組合員約20名。会議室に入ってくる。会議室には既に会社の幹部6名が座っている。)

委員長:本日は、薄給や残業残業の毎日にも耐え日々尽力している我々労働者の心の叫びを聞いていただき、善処を求めるべく団体交渉するためにやってきました。
 我々の要求は、給与の増額です。現在の給与では少なすぎる。物価は高騰し、子供の学費だって家計の負担になっている。ぜひ、給与を増額していただきたい。その増額分は、3800円を要求します。

幹部:今営業年度の我が社の収支はご存知のはずです。貸借対照表も損益計算書もネットで公開していますからね。それをご覧になれば、従業員給与を増額する余裕がないことはお分かりと思います。それでも給与の増額を求めるのはどういうことでしょうか。単に生活に支障があるからカネをよこせというわけではないでしょう?

委員長:企業経営は会社幹部というか経営者の問題であって、従業員である我々には関係ありません。私たちも、この会社の計算書類を見てはいますが、従業員の給与増額分は株主への配当を減らしたり、内部留保を取り崩すなどすれば捻出できるのではないですか。

幹部:会社の減収は経営責任といえば経営責任ですが、私たちを取締役を選任したのは株主総会です。つまり、経営陣に責任をとれという主張ならそれは同時に株主にも責任をとれということでもあります。仮に株主が責任をとるとしてその配当を減らすとします。すると、株主は訴訟を提起するかもしれません。また、株主の収益性が下がるということで、当社の株が売られその結果当社の株価が下がり、次年度の会社経営に支障が出て、次年度は今年度よりいっそう厳しい状態になるかも知れません。そうなったら、給与の増額など夢のまた夢です。
 また、内部留保とおっしゃいますが、会社には内部留保(これは利益剰余金ということでしょうか。)などというう「遊金」、つまり利益を産まずまた万が一の場合に備えないカネなどありません。そんなカネを持っていたらそれこそ経営責任を問われるでしょう。
 仮に内部留保(利益剰余金)を取り崩して従業員の給与にしたとすると困ったことが起こりえます。仮に、会社が緊急に資金を必要とした時、その資金は融資に期待するしかありません。しかし、融資は貸主の判断一つですから、融資を受けられないという場合も有り得ます。そんなとき、従業員のみなさんは、会社が必要としている資金を工面してくれないでしょう。
 資金不足で、会社経営が窮地におちいったとき、最終的には倒産ということになるかもしれませんが、そうなったとき給与の増額などという要求はできませんよ。それどころか、再就職先を探すことで頭が一杯ってことになるでしょう。
 労働組合のみなさんの言うことを聞いて会社倒産となったら、従業員のみなさんはその労働組合幹部を支持し続けるででしょうか。

委員長:そんな仮の話をきいているわけではありません。我々労働者の生活困窮を傍観しつづけているのかという話です。

幹部:傍観するつもりはありません。
 今年度決算の結果からみて、現在の給与を高めるには人員を整理して人件費を削減し、その分を残った従業員に配布するという方法が考えられます。というか、他に方法が見当たりません。
 この団体交渉のはじめに委員長は、「残業残業の毎日」とおっしゃいましたが、それほど従業員が働いているのに今期の収益は少ないわけです。これは、従業員の労働量が会社の収益に結び付いていないということです。つまり、「残業残業」は無駄な労働だということになります。それに、我が社は、政府の「ワークライフバランス」や「働き方改革」の推進に合わせて業務の効率化に取り組み、社内ネットワークや電子決済など積極的に導入しています。それらがうまく機能すれば仕事が手早く片付き、残業する余地はほとんどないはずです。私のところには、「残業時間中にデスクで缶ビールを飲み、お菓子を食べながら無駄口を叩く社員。2時間くらいオフィスに残って、ほどよい時間になったら社員数人で飲みに行っている。残業はなぜか休日の前日に集中している。」などといった苦情が寄せられています。従業員の中には現在行われている残業の形態に著しい不満を持っている者が少なくないようですね。委員長、この苦情の内容を否定されますか?

委員長:そんなことは例外的事象でしょう。それと労働者の主張とは別物です。

幹部:例外かどうかは調査すれば分かります。やってみますか。また、労働者は規定通りに勤務し、労働の対価として給与を求める権利のある者のことです。この苦情にあることが事実だとすれば、労働対価を求める価値のない時間を労働として申告している者がいるということですから、なんらかの法律に抵触しそうな気がします。やはり、調査が必要なようですね。

組合員:労働者の組合活動に対する不当圧迫だ!

幹部:どこに不当性がありますか? 勤務態度の調査が不当ですか? 触れれたくない部分ということですか?ということで

委員長:団交の場が荒れてきたので、今日は一旦中断としたいと思いますが、いいですか?

幹部:分かりました。一旦中断としましょう。次回の団体交渉の日時は追って連絡してください。なお、団体交渉の内容が法律違反に関することになりかねないので、次回から団体交渉の状況は動画に収めることにします。カメラはみなさんの後ろから撮影しますから、みなさんは団体交渉中は後ろを振り返らないようにしてください。顔が映る可能性があります。
 もちろん、その動画は会社の外には出しませんが、警察や所管官庁や裁判所からの提出要請・命令などがあれば提出します。
 私からは以上です。
 みなさんお疲れ様でした。

(労働組合員退出)

#内部留保 #利益準備金 #労働組合

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