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第1話 母

マンションのエントランスから
インターフォンを鳴らすと
無言で自動ドアが開いた

『今日もちゃんと開けれたね』
生存確認もでき、少し安堵しながら
エレベーターに向かう

認知症を患っている母は
どんどんと記憶をなくしている
いつ自動ドアを開けれなくなっても
いいように、実家の鍵は持ち歩いてはいる

ピンポーン

実家のドアのインターフォンを鳴らすと
しばらくして、小さくドアが開いた

「今日はもう来られないと思っていたのですが、どうしたんですか?」
母の笑顔を見るのは久しぶりな気がした

「さっき電話したと思うんだけど、入れ歯を探しに来たんだよ。じいじに頼まれたから」

「何を探しに来たんですか?」
母は少し怯えた表情を隠しながら
私に問いかけた

「もしかして…私が誰だか分かってる?」

「分かってますよ。時々お話に来てくれる方ですよね?」

初めて母が私を忘れた瞬間。

意外にも衝撃というものは無く
冷静に対応する私に
少し驚きながら

「私だよ。明子だよ。」
「誰?いつもの方ですよね?」

「違うよ。ほら。」
マスクを外して見せる
「明子だよ。娘の明子。」

しばらく顔を見つめる母
少し笑いながら
「違うよね?ほんとに?あら…
てっきりいつもの方だと思ったのよ。」

「そうなんだね。今日は、
入れ歯を探しに来たから
あがるよ。」

母は分かったという顔をしたけれど
一瞬だけ躊躇したことも
私は見逃さなかったのだが
気にせず無視してあがりこんだ

母は結構な潔癖症なのである

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