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📖 フェイスブック始めました 📖

いま 仕事の合間を縫い自分のルーツをまとめております。
新規事業を計画するにあたり それがとても必要に思えたからです。

わたしはこれまで過去をおざなりにしてきました。

福祉の仕事に携わるようになり、
怒りや悲しみを含め自分のおこなってきた表現活動が
仕事の足を引っ張るように感じていたのが理由です。

自己表現はある意味身勝手な一面もあります。
身勝手なことをする人間に 福祉は似つかわしくないのではないかと
勝手に決め込み、自主的に封印していたのです。

でもこの数年で見方が変わりました。

わたしは別に人に恥じるおこないをしてきたわけじゃありません。
一見バカバカしく見えるような表現にしても
それは世の中の風通しが悪く、そうしたバカを抹消する風潮に
異議を唱えたかったから。
いたってわたしはいつも真面目だし真剣だったのです。

ちゃんとそれを伝えるべきと思いました

そこから
勇気を出してよくよく自分のルーツを振り返ってみると
何もつながってないように見えて じつはいろんな面で
つながっているんだなってことが自分なりにわかってきました。

一つは自己表現といえど
わたしはみんなと作り上げる共同作業が好きなんだってこと。

詩や漫画は少し違ってきますが、
演劇や映画、イベントやったり、ライブに顔を出したり。
孤高に魅せるパフォーマンスも独りで創り上げる作業じゃありません。
そこには必ずカメラマンさんやらギャラリーやら第三者が必要だし
絡み絡まれることでドラマが生まれる。
そうした総合芸術目的でやっていたんだなぁと。
才能と才能のぶつかり合い、
文化祭ノリでわいわいガヤガヤやるのが楽しくてしょうがなかったんです。

そしてもう一つはいつも弱者の味方であり続けてきたこと。

 NOMANは拠り所をなくした自称アーティストの溜まり場です。うまく自己表現を開花できない社会的に弱い立場にある人たちをどうにかしたかった。自分もそうでしたので共に歩みたいという協調に過ぎませんでしたが、発進基地だけでも提供できたらと。
 パンチョリーナは、憎みきれないろくでなし、社会不適合者への歩み寄りです。奇人トンデモなどと瑣末な扱いを受けている人たちへの畏敬を込めて身を窶しました。同じ目線に立つことで少しでも痛みを分ち合おうとの思いです。
 古本屋「伽羅」でのバカ本取り扱いはその古書版とも言えます。ゴミ同然に扱われ棄てられてしまうバカ本に光を当ててみようと。売れずとも自分なりに価値を与えてやるのです。
 障がい者支援、里親支援は言わずもがなでしょう。

 たしかに道中つらい別れや哀しい出来事もたくさんありました。でもそれでも根本は変わらない。いまもまだ同じ道を歩んでいる最中なんだなぁと実感します。

 ソロ作品が、祈りだったり暗い影を落とした作風になりがちなのは経験上仕方のないことです。でもきっと ほんとうの中身は温かいほうなんだと思う。

 もっとそれを知ってもらえれば 弱っている人たちに寄り添う自分の覚悟、支援者としての厚みも伝わるのではないか

 ルーツをさらすことには偏見も増えるでしょうし、支援者としては余計だったかもしれません。けれども素性を知ってもらうことで、これからつながっていただける人との絆はより深まるような気がします。

 これがわたしの顔です、と胸を張って言える、まさしくFacebookになったかと思いますので どうぞ皆さん ご一読よろしくお願い致します。


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