見出し画像

88 サンドバッグになった先生

朝の学活が始まる前でした。職員室を出た私はS先生と話しながら教室に向かいました。S先生は3年生のクラスの担任です。私はその年は担任をしておらず、年休を取った先生の代わりに副担任としてS先生の隣のクラスの学活に行くところでした。

教室が近づくと男子生徒たちが廊下で騒いでいるのが目に入りました。「教室にはいれ」S先生が生徒たち声をかけました。「学活が始まるよ。教室に入りなさい」私も言いました。学校ではしょっちゅうある場面です。生徒はしぶしぶ教室に入っていきます。

でもその日は違いました。一人の生徒が突然「キレた」のです。彼は何も言わず突然S先生を蹴り上げました。S先生は後ろにのけぞり、そのまま尻もちをついて廊下に転がりました。そして苦しそうにうずくまりました。生徒はうずくまるS先生をなおも蹴り続けます。「やめなさい」私は彼を後ろから引っ張りS先生から引き離そうとしました。「うるせえ!」生徒は私を押しのけました。殺気が感じられます。

中学3年生ともなれば力はあります。女性の私などとても叶いません。次は私がやられるかもしれないと思いました。そばにいた生徒たちも唖然としています。「みんなも止めて」私は必死に叫びました。 

「もうやめとけよ」一人の生徒がそう言いました。すると私がつかんでいた生徒の力が突然緩みました。そして私の手を払い除けると彼はそのまま教室に入って行きました。廊下にいた生徒たちもぞろぞろと教室に入っていきます。廊下にはS先生と私、そして声をかけた生徒が残りました。その生徒に私は職員室に連絡するよう頼みました。S先生はゆがんだ顔をしてわき腹を抑えています。かなり辛そうな様子です。数名の教員が飛んできてS先生を職員室に連れて行きました。S先生のクラスの学活は学年所属の教師が行い、私は隣のクラスの学活を行いました。教室から一部始終を見ていた生徒たちは凍り付いたようにシーンとしていました。

S先生はすぐに救急車で病院に運ばれました。診断の結果、肋骨のひびが入っていることがわかり2か月の療養休暇を取りました。

その日、加害生徒の親が学校に呼ばれ、本人同席のもと学年主任と生徒指導主任により一部始終が伝えまられました。けを負わせたことについて親は謝罪したそうですが、生徒が反抗したのはS先生の日ごろの指導に不満を持っていたからであると主張し、原因はS先生の指導にあると言ったそうです。

その後S先生が警察に被害届を出すかどうかで教師の話し合いが行われました。意見は分かれました。生徒であっても暴力は許されないから被害届を出すべきだとする教師と、学校内のことを警察に委ねるのは教育を放棄することになるから出すべきではないという教師に分かれ、話し合いは紛糾しました。結局S先生の意向を聞くということになり、被害届は出したくないというS先生の意向を尊重して被害届は出されませんでした。暴力をふるった生徒は学校長から注意を受けただけで、その後は普通に登校しました。

教師の暴力により生徒がけがをしたら教師は処分を受けます。一方、生徒の暴力で教師がけがをしても生徒は何の咎めも受けないというのであれば理不尽というしかありません。「生徒の将来を考えて」あるいは「教育的配慮から」なのか生徒に暴力を振るわれても教師は泣き寝入りするしかないのでしょうか。一人の教師がポツリと言いました。「俺たちはサンドバックでしかないんだよな」と。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?