読書してみて考えた⑱「つれづれノート㊶優雅さとミステリー」後編

6 2022年1月
1~4日までサクが帰省。4日「空港へ。(中略)ホッとしたような寂しいような気分で帰る。」私は息子が家を出て間もなく2ヶ月になる。さすがに色々と気になって、来週末息子は帰ってくる。宅急便で、と言われた任天堂switchを直接取りに来てもらうことにして、「交通費出すからさ、お願い」なんて懇願した私、情けない。
9日「セッセと、我々の衝動的な性格について語り合う。(中略)私たちは気が弱くて、あえて強い人の言いなりになることが多いし、正直者はバカを見るということわざがぴったりかもしれない。でも、今、困窮はしていない。(中略)『逃した幸運もまぬがれた不幸もわからない』とセッセが言う。」
私は5歳上の兄を反面教師にしてきたが、歳を取るにつれ同じAB型同志、実は似てるのかもと思うようになった。DNA恐るべし。
youtube動画を去年からよく見ていたけど、もうだいたい興味のあるものは見たから、今はあまり面白いと思うのがない、で、本を読むことにした、と書いてある。「本はとても落ち着いている。声を出さない」
14日 幻冬舎の菊地さんと 本作りが好きな者同士、大変気分が盛り上がった、と書いていてある。「ネットの中のきれいな景色は機械の中でしか見られない。電気がなくなったら一瞬でパッと消える。それを紙に印刷して、一冊に閉じて、手に持てる形にするなんて、ものすごく労力がいる。私から見ると、本作りという作業はまさに宝物を作る作業だ。」
26日「夕方。温泉へ。オミクロン株が増えているせいか、今日も人が少ない。」うーん、憶えていないなあ、確か1月下旬は娘の高校受験(私立)でバタバタだった。北京オリンピックは??2月?

2022年元旦

7  あとがき
「今後、将来、人として、どんどん、いや、だんだん、こんなふうに(歯科治療中のこと)、体が動かせなくなったり、人からなすがままにされたりすることがふえていくのだろう、その時に、支えになるのは人間の持つ品、品格、優雅さ、ではないだろうか。」
私が家の前のスーパーに行く(平日の13時頃、週1)際、時々横断歩道で推定80歳過ぎの男性とすれ違う。最初は「ひとりで買い物なんて、奥さんに先立たれたのかな」とか思っていたけど、その男性がいつも背広を着ていることに気が付いた。高級スーパーではない、マックスバリュなのに。
で、考えた。私も更年期の年齢を過ぎ、間もなくおばあさん、もうTシャツ短パンで外出できる年齢ではなくなってしまっているんだ、と。「優雅さ」、私も意識したい。

8  おまけ「2021年8月沖縄マリオットと9月あすかの湯」
私は籠り好き(プチ引きこもり)、お楽しみはお酒+リゾート+本、それがコロナ禍の気付き。だから前年のカビラ石垣に続き2021夏休みに沖縄の旅を計画した。ホテルは以前から深めのタイルのプールが気になっていたオキナワマリオットリゾートに決定(プーケットのタイムシェアオーナーだし、一応)。日にちは夫の盆踊り(14日設営15日片付け)に合わせ16~18日。しかし結局夫はNG、盆踊りはコロナで中止だったのに。で、またも子供と3人旅。
1日目、那覇空港で予約しておいた抗原検査を受ける。結果が出るまで「サンドイッチハウスグルメ」。グルメは私が小学生だった頃の柏高島屋の思い出、そういえば2008初沖縄の時も到着後バスの時間までお茶した覚えが。今回調べたらコロナ禍を乗り切り、現在も営業しているよう、嬉しい。
抗原検査は陰性とのメールがきて バスでホテルへ。早速プール、夕食は予約した豚しゃぶ。ノンアルコールビール、涙。
2日目、朝食バイキングの後シャトルバスで数分のかりゆしビーチでリゾート気分を満喫。私は益田ミリ著「美しいものを見に行くツアーひとり参加」北欧の話に体が冷える錯覚。ホテルのプールサイドで初の「ビアリー」を飲む。結構美味しい、脳が騙されている感じ。緊急事態宣言?で観光は遠慮して敷地内で体験バギー、ヤギの餌やりをした。娘がうまく運転できなくて、お兄さんに平謝りだった。夕食はホテルのバイキング。酒を諦めきれず、ノンアルコールシャンパンに涙。部屋に戻り売店で買ったお酒(泡盛サワー)で一人飲み直し。
3日目バスで空港へ、荷物を預けゆいレールでDFSに。大好きな海外旅行、あんなに行きたかった免税店なのに、購買意欲が湧かないのは年のせい?息子のswatchだけ購入。空港ビルの回転ずしで昼食、空港待合室で念願の生ビール!平日のため夫の迎え無しで名鉄~近鉄と乗り継ぎ帰宅。
今思えば2021夏休みは 2020春、8月 2021年1月、3月末に続いて第5波の真っ只中だった。調べたら沖縄は5/23~9/30まで緊急事態宣言、お酒が飲めない沖縄旅になったのも仕方がないと今なら思う。が、当時の私は諦められなかった。自宅ではなく「お店」でお酒が飲みたくて仕方がなかった。
で、ふと奈良県は知事の意向で緊急事態宣言や、まん延防止宣言は出さないと聞いたことを思い出し、9月夫と二人近鉄で奈良県へ。
駅から徒歩圏内の日帰り銭湯を探したところ、近鉄耳成駅から徒歩15~20分くらい「あすかの湯」を見つけた。あの時の入浴後の生ビールは物凄く美味しかった!!
しかしその時、ふと、気が付いた。なんだか「お酒」に固執する自分が何となく馬鹿馬鹿しくなってしまったのだった。私はその日以降、仕事がない日は夕食時ノンアルコールビールを飲むことにした。我ながらびっくり、なぜなら医者になってから毎晩、もう30年近く飲み続けてきたのだから。気のせいかノンアルの翌日の体はなんだか調子いい感じで体重コントロールもしやすくなったような。コロナ禍唯一の収穫だったかもしれない。

沖縄マリオットリゾート

9  2021年8月「会津若松オープンキャンパス」
2021年7月noteに「三者面談で切れてしまった話」を投稿したが、当時高2息子の面談の話。コロナ禍に入学した息子は遅刻は多いが無欠席。ところが担任から、進学校に来て勉強しないのならやめてしまえ的な、アメリカに留学したらどうですか(担任は英語科)的なことを言われ、私はとても驚いた。高校は義務教育ではないし、もっと自由なところだと思っていたのに。もしかして内申点→推薦入学を目指す高校に入学してしまったのかもと、がっかりもした。
「どこかオープンキャンパスに行って受験する気があることを示さないと、あんたホントに高校クビになっっちゃうよ!」と
急遽大学を探すも オンラインばかり。そこで2021年夏休み、実際に訪問できたのが会津大学だった。とても綺麗な素敵な大学だった(思いの外共通テストができたので受験していないが)。
ところがところが、この春、息子の部屋を片付けていると、真っ白なノートや問題集が大量に出てきて、私は愕然!!  とした。息子は提出物とやらを3年間ほとんど無視し続けていた模様。古典に至っては「あなたは再試の受験資格がありません、理由は提出物が出ていないからです」とのメモ紙まで出てきて 母は真っ青。そりゃ、担任だって怒って当然だったのだ。息子が高校をクビにならず、無事卒業できたことにつくづく感謝。(ちなみにTゼミナールも結局、模試しか登校していない)そして2021年夏、担任にキレてしまった自分を思い出し、穴があったら入りたいくらいの気持ちになったのだった。
でもよ、中高一貫の私立高校ならともかく、田舎の県立高で、宿題やら小テストやら、模試の前に過去問を解かせてノートを提出させたりしていたなんて、正直びっくり。教科書以外に副教材がいっぱいあったから、息子のカバンはあんなに重かったんだ、と改めて納得。コロナ禍だし、ママ友もいないしで、私は何も知らなかった。本当に情けない。

最後に
10代の私が手にした銀色さんの本は、どれも異国?の素敵な写真でいっぱいで、詩と写真を何度も読み返した憶えがある。
9月23日「私はもう外の世界の研究期間が終わって、人や物に近づかずにすむのですごく楽だ。(中略)この心の底から湧き上がるような安堵感はあれらの荒涼した旅があったから。」
そうか、銀色さんはもうしばらく、旅はしないのだろう、寂しい。でも、私がこれから、私自身で異国の風景を見に行けばいいのだけのこと。
それにしても、私が銀色さんの本に再会した2021年までの約30年間に、いったい何があったのだろう、つれづれノートを改めて①から読みたくなってしまった。




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