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万に一つの大事故から、万に一つの復活劇を描いてーわたしたちのエース上沢直之は、札幌ドームへ帰ってきた。

ファイターズ2020 10試合目 6/30  札幌ドーム F×H  1対1

ー18m向こう側から飛んできた、直径10㎝にも満たない丸いボールが、直径10㎝もないだろう左足の膝のお皿に直撃する確率って、どれくらいなんだろう。

打たれた瞬間の角度が1ミリでもズレてれば、到達するときには大きくずれてるんだから、きっとぶつからない。踏み出した足の向きがちょっと違ってたってぶつからない。札幌ドームのマウンドだったら、高さが違うからぶつかってない。事故の起きなかった世界は、限りなく広いのに。現実は、限りなく低い確率で、わたしたちの大事なエースの膝を壊したー

昨年の6月18日。交流戦の横浜球場で、ピッチャー返しの打球をもろに右膝に受けマウンドにもんどりうった上沢直之の姿が、目に焼き付いて離れなかったあの日。わたしは、こういう風に書いていた。

毎日6試合、年間にしたら何試合か計算できませんが、とにかく多数行われているプロ野球の中で、常に事故は起きる。デッドボール、危険球、走塁時の肉離れ、守備時の衝突や転倒や…折れたバットがマウンドに飛んできて投手の足に突き刺さることだってある。そういう意味では、野球選手が怪我をする確率は、決して低くはないと思う。

でも、だからと言ってエース級の投手の足に強烈なライナーが直撃し、膝のお皿がぱっくりと真っ二つに割れるーなどという事態は、滅多にあることではない。結構長い間プロ野球を見てきたけれど、わたしは初めて見た。

膝のお皿の骨がパックリ縦に割れて、手術でくっつける。くっついたからって元どおりに戻るのだろうか? ましてや常人とは違うプロ野球選手の中でも格段に負担のかかる投手の、しかもエース級のボールを投げるための軸となる膝だよ?   いかに日進月歩のスポーツ医学の力があろうとも。本当に、戻って来られるのか。わたしたちの上沢直之は。

疑心暗鬼の不安症の老婆心のおばさんは、期待がかなわない時の悲しみを知りたくなくて、先回りに先回りを重ねる。一番最悪を想定しておけば、ショックは少ないって、マックー金子誠だっていつも言ってた。

おかしな話だが、上沢くんがいつマウンドに戻れるかなんて想像はしなかった。ただ待っていた。待っているうちにうわっちは、手術を終え、退院し、リハビリ生活に入り、ゆっくりと怪我を癒していき、その途中で、赤ちゃんが生まれ、お父さんになった。

お父さんになった上沢くんは、本当に嬉しそうで、大したものだなあと感心するしかなかった。よほどちゃんとしたご両親に育てられた子なのだろう。ちゃんとしたとはー愛情のあるーという意味だよ。自分自身が苦しんでいるのに、ちゃんと赤ちゃんを大事に思い、家族を愛せる感情と懐の深さがあるんだなって。

つまり彼は、一人の真っ当な人間なんだなって。わたしは思った。

心の安定性があると言い換えてもいいけど。少なくとも表に現れた上沢くんは、怪我をする前も後も変わることはなかった。入院したとき栗山監督の前で涙を流したと記事になるのも、また当然の姿なのであって。彼には、なんというか不自然な構えが少しもない。不思議なくらい。

プロ野球の世界で、飛び抜けたスター選手は、言うたらなんだけども性質的には突飛というか破綻してるというか、どこか世の中から逸脱したイメージというか…まあ簡単に言えば変わってるよね。大スターたる選手たちは…。

でも上沢直之は、そういう種族に属さないーあまりに真っ当ーという点で、プロ野球の世界においては、むしろ特筆されるのかもしれないくらいに。

そうして、ごくごく地道にリハビリ生活を経て、コロナによる開幕延期の間に、彼は見事に復活することになる。スポーツ新聞の見出し的にはドラマティックな苦労を超えての展開を求める。栗山ロマンティック英樹的にも「ナオのために」と札幌ドームの開幕戦を与えられ、スタンドに観客はいない札幌ドームのマウンドへ、ベンチから小走りで向かっていった。

宿敵ソフトバンクホークスを相手に。第1球を投げました!球速は150km!明らかに去年までより球威が増している。高校から投手を始めた上沢くんは、当時からじっくりと自身の投げ方や野球のことを考える子だったと高校の先生が話していた。この1年の休みにもきっと色々考えながらきたんだろう。戻るだけではダメだ。勝つためにチームの力になるために。

ホークスの1番栗原を三振に。2番は、みんな大好き柳田悠岐。いきなりマン振りマン振り、マン振りで、三球三振してしまった!(んだけど、もしかしたらギータなりのご祝儀で全開勝負だったのかもしれません)続く3番今宮くんも三振にしとめ、なんと三者三振の完璧なスタートとなった。

天才(天然?)野球解説者坂東英二氏が唱える「三者三振スタートは良くない」の法則が、頭を過ぎるけれど。この際、どうでもいいことにしておく。5回1失点、同期の近藤健介が、必死の同点打を放ち、1対1のままマウンドを降りた。

逆境になっても一歩も譲らぬ、そのピッチングスタイルは変わっていない。優しい面差しで見過ごされがちだが、上沢直之は、闘志に溢れ、ピンチに強い。たとえ失点を重ねたとしてもギリギリまでふんばる気力がある。その姿が、若いファイターズを鼓舞し引っ張ってきた。ゆえにわたしは、彼をエースと呼んできたのだ。

1年の空白を経て。テレビの中の、でも目の前にいる上沢くんは、なんも変わってなかった…いやちょっとたくましく大人になって、マウンドに立っている。

本当にお膝のお皿は、ぱっくり二つに割れていたの?

この道のりを、彼が歩く姿を見てきた、わたしたちだけが、知っている。

このー普通に投げている姿ーは、万に一つの奇跡のようなものだってことを。

そこからまた、上沢直之とファイターズの物語は、始まるんだってことを。


ファイターズ 4勝5敗1分


中島くん1000試合達成 おめでとう😀


















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