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手土産とただいまと


 ドアが開くと冬の冷たい風が車内に流れこみ、その空気を纏った人たちが乗り込んでくる。
 度々足を運んでいた推しがいるこの街へ住みつこうと思ったのは、そこかしこでジングルベルが聞こえる頃だった。キラキラした装飾のなかを歩いていると少し疲れて、駅前からバスに乗り、大里というバス停の近くにあるカフェへ向かっていた。
 ショッピングセンターに出ていた巨大なツリーの横に不釣り合いなほど達筆な筆文字で書かれた「紅茶専門店」という幟が気になり行ってみようと思ったのは、この街をもっと知りたいという心持ちだったからかもしれない。車窓から、人の少ない通りや低い街並みを眺める。空き地も多いが建設中の建物も多かった。

 文帳という駅で乗り込んできた50代前半くらいの女性は、目深に被っていた帽子にうっすらとついていた雪を払い、たくさん空いている席には目もくれず私の隣に腰を下ろした。手袋をはずして茶系のダウンのポケットへと入れながら、唐突に話し始める。
「息子の見送りに行ってきたんですよ」
 社会人1年目だったが3か月程で体調を崩して家に戻ってきていたそうだ。
「夫も最初は仕方ないなって言ってたんだけど、もう半年でしょ。引きこもってばかりいるもんだから、早く復帰しないと一生戻れなくなるぞって、一生面倒は見てやれないんだぞって急かし始めちゃって。無理させちゃダメだって今度は夫婦喧嘩になってね。結局家にも居づらくなったんじゃないかな」
 上司と時短勤務等の相談をし、今日戻るというので駅のホームで見送ってきたとのことだった。
「心配ばかりしてしまうの。いくつになっても子は子なのよ」と女性は涙ぐむ。
「わかります。私も母なので」
「そうでしょ、そうよね」
 バスが停車し彼女は降りてゆく。

旅する雲へと心浮かべる夕空に
きみの詞が重なるよ
夢みた街で仕事に追われてないだろうか
今も作っているだろうか

『雲が流れる夕空に』より

「仕事復帰して1週間経ったんですけどね」
 紅茶専門店の席につくと、隣のテーブルに座っていた30歳前後の女性が話し始め、私は視線を向けた。明るい茶髪のショートヘアが、よく似合っていた。
「見ますか?」と彼女がスマートフォンを開けると、待ち受け画面に満面の笑みでこちらを向いている女の子が映っている。
「6か月になったんです。めちゃくちゃ可愛いでしょ」と笑った後にふっと遠い目をした。
「実はこれから両立できるかなって不安しかないんですよ」
 今日も気を張っている姿を見かねて夫が気晴らしして来いと送り出してくれたそうだ。
「いいご主人ですね」と声をかけると「そうなんですよねー。でも外に出てみて思ったけど、行きたい場所もなくて。ワタシどっちかっていうとウチで小説とか書いていたい人なんですよ」
 出かけてもリフレッシュできず、でも家に居ると子育てや家事で時間は取れず、カフェに入り小説でも書こうと思ったのだと言う。
「でも何だか娘のことが気になって結局集中できないの」ティーカップに残っていた紅茶を飲み干し「また来週の休みにきます。では」と私に敬礼のようなしぐさをして彼女は席を立った。

偶然おんなじ曜日 おんなじ街角で

 帰路はスーツ姿の男性が横に座った。
「いやね、先日学生時代の友人と会ったんですけどね」と話し始める。
 私はまた耳を傾ける。
 窓の外を、薄桃色した夕焼け雲がゆっくりと流れてゆく。

ただひたむきに ただ届けたい
消せないときめき集めて 今日もまた

 顔馴染みが増えて季節が幾度か巡り、すっかり街に馴染んだある日、駅前に大きなビルが完成した。車窓から見える空き地が減って、高層の建物が空を狭くしていた。
 いつからだろう、息子さんの心配をしていた彼女が乗り込んでこなくなったのは。
 いつからだろう、小説を書く時間を作りたいと言っていた彼女がカフェに顔を出さなくなったのは。

忙しい街で理想に疲れてないだろうか
今もうたっているだろうか

 みんなそれぞれの生活があり交わっては過ぎてゆく。夢の方向が向きを変えたとき、私は別の街へ向かうバスに乗った。
 でも、

並んでおんなじ夢を おんなじ情熱で
ギター抱えて語った僕ら
それだけ、だけど 心の糧さ

*
 私にとってのnoteはこんな街でした。全く知らない人の生活や心の中を打ち明けてもらってるような、特別で密やかな共有の空間。そんな大切なこの街で出会った人たちの詩を何度か書いてきましたが、その想いを『雲が流れる夕空に』という歌詞に託しました。
 うたの中ではギターを弾く人を描いていますが、モデルとなっているのは創作の街で出逢った言葉を紡ぐ人たちです。

 普段歌詞を書くときは歌い手さんや曲に合わせて物語を紡ぎ歌詞のカラーも都度変えますが、この歌詞はこの街にいた私そのものです。聴いて、あ、あの詩?ともしかしたら詩を思い浮かべる人もいるかもしれません。
「うた」と発音する部分にわざと「詞」という文字をはめ、「歌詞」をことばと読んでいるのは、文字を書く場で出会った人たちへのリスペクトです。

景色に溶け込む想いを僕はうたうよ
ことばに見果てぬ希望の標刻んで

*
 お久しぶりです。作詞ラボ等のため数か月離れようと思ってから、次々とやりたいことが押し寄せ、気付けばなんと1年半近くが経ってしまいました。そろそろ忘れ去られている頃でしょうか笑

 幸いぼちぼち結果もついてくるようになり、作詞でも幾度か受賞の機会に恵まれたり、作品が採用され配信releaseやCDやカラオケ収録等の機会にも恵まれました。
 今回、この曲『雲が流れる夕空に』がお届けできることになり、noteで出会ったすべての人への感謝のしるしにどうしてもここに置いておきたくて…
主要shopで配信されていますが、YouTubeで視聴できるよう動画も作成しました。
 久しぶりの帰省なので手土産としてココに置いておくので、よろしければご賞味ください。


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