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本に愛される人になりたい(38)檀一雄「漂蕩の自由 」ほか

 檀一雄さんの一連のエッセイを初めて読んだのは大学生のころだったと思います。当時はすでに、私は料理と旅に大いに興味を持っていましたが、世界各地をぶらぶら旅をするほどの経済的な余裕などなかったので、檀一雄さんが描く、檀流の世界の食と旅の話を読んでは、想像を逞しく働かせていました。彼はポルトガルのサンタ・クルスという海岸町で一年半ほど住み、ポルトガルでの食や人の模様をエッセイで描いているのですが、その望洋とした筆致が読者である私の旅心と胃の腑をくすぐり、ワクワクしながらサンタ・クルスでの彼の日々に付き添っていた感があります。
 望洋とした筆致と書きましたが…。十代前半頃に小説読書にハマっていた時、美しい文章でこと細かに心理描写する小説を良しとする風潮が高まり、「なんだかなぁ」と途中で投げ出すことが多々ありました。言葉巧みに人の弱さや強さをネタにするような気がしていたのを覚えています。この流れは、例えば現代の愛着障害という精神的な疾病がおるにも関わらず、愛着願望をネタにするような小説や映像作品に繋がるのではと推察しています。「無」だと言っているのに、その「無」をあれこれ説明し、形式化するために大量の言葉を作り出すような感じでもありました。
 人間の日々のリアリティなど意外と雑駁で、考えたり感じることも脈略など飛ぶものであり、話し言葉も途切れ途切れなのになぁと思っていた私は、檀一雄さんのエッセイの望洋な筆致で描かれた人物像に惹かれていきました。今でも、書き手の強迫観念につき合わされるような美しい(と言われる)心理描写というものがあまり好きではありませんが…。
 さて、毎夜、寝物語用に書棚から本を取り出しては、寝床で読むのですが、檀一雄さんとのポルトガルの日々を読みながら眠りにつくのは、この上なく幸せなものです。中嶋雷太

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