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ビーチ・カントリー・マン・ダイアリー(15):「初夏の海辺で、生ビール」

 暖冬だと叫ばれていたのに、春はなかなか訪れず、桜の蕾が膨らんだと思うや一気に咲き誇り、ぼんやりとした陽気の春を楽しむ時もなく、早くも初夏がやってきました。
 最高気温が20度を超えると、海辺の散策にはビーサンが心地よく、快晴であればビーサンを脱いで裸足で渚を散歩します。寄せる波はまだヒンヤリとしていますが、引き潮の渚をぴちゃりぴちゃりと歩いていると海辺の砂は温かくて、足の裏で初夏を感じます。Tシャツに半パンにビーサンのファッションでも、数キロほど渚を散策すると、汗がジワリと吹き出してくるのが分かります。
 国道134号線を背に、砂浜を眺めながら足についた砂をしばらく乾かし手で払い、ビーサンを履き直していると、「はぁ、冷たくて美味しい生ビールが飲みたい!」となります。
 海をぼんやり眺めながら、生ビールをちびりちびり飲む楽しさときたら、これはもう格別で、そのひと口目の幸福感を求め、お気に入りのカフェ・レストランに駆け込むことになります。
 長くなった日がようやく傾むきだす午後5時。防災無線から「夕焼け小焼けで、日が暮れて…」が流れ、一日の終わり感をさらに演出してくれます。UVクリームを塗っていても、薄く日焼けした顔が熱っていて、足の甲はサンダル焼けで少しヒリヒリしているのですが、傾いた夕陽で煌めく海をぼんやり眺めながらの、生ビールの美味いこと美味しいこと。幸せの絶頂です。
 この幸せの絶頂気分に漂っていると、生きる為のアレやコレやが見事にかき消されていて、気持ちはバハマの漁村のカフェにいるヘミングウェイのようになっているわけですね。映画「老人と海」の最後のシーンに、ヘミングウェイがチラリと登場しているのですが、まさにその気分です。中嶋雷太
 淡々と過ぎゆく漁村の日々があり、海辺の光と陰が交錯しつつ、時は過ぎゆきます。大袈裟なドラマなどそこにあるわけがないのですが、けれど、その海辺の一つ一つの生活にはくたびれた夢や希望が、人間の彫像を立体的に浮き上がらせるとても大切な魂のあり様なのかもしれませんね。
 初夏の海辺で生ビールを口に含んでいると、爽快な苦味が広がります。中嶋雷太

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