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私の美(60)「ネコバス」

 履歴書の「趣味」欄は困ります。それが特定の、ある種狂乱的に何事かに固執している物や事について書くべきか、それとも自分が好きな物や事について適当に書くべきか…困ります。あの欄を最初に創設した方のご意見を訊いてみたいものです。
 たまに、趣味は?と訊ねられるのも困りもので、何年か前に映画のプレミア試写会の壇上である女優さんが発した「別に!」とでも言って話をそこで切れば良いのですが、私はそれほど強気ではなく「いま、凝っているのは…」と答えることにしています。ただ往々にして、「いまは、大乗仏教の中観派の龍樹が唱えた『空』について」とか「放射性物質やそれ以外の巷間話されている物質以外のDNAを破壊する物質について」とか「ブルーズ・ハープ(ハーモニカ)の吹き方」などと答えてしまうので、私に趣味を訊ねた方は「話にならないなぁ」という表情になり、違う話題に移ることが多々あります。
 そんな私ですが、気づけば、あれやこれや、小物たちが集まってきて、迷い猫のように書棚の一角を占領し静かに眠っています。とはいえ、PC仕事で疲れると、その一角をぼんやり眺めては、心の安らぎを得る私です。
 その小物たちには大小様々な思い出が、それぞれにこもっているのですが、ネコバスはわざわざ購入したアイテムです。
 1986年末ごろから始まったバブル経済がさらに勢いを増していた1988年に劇場公開されたのが『となりのトトロ』で、世の中の金ピカな勢いというかその時代相に浮かれている日本人に、心の奥底に忘れていた人の安らぎのようなものを、改めて思い出させてくれたように思います。
 そして、ネコバス。
 世界の映画観客の嗜好性をしっかりマーケティングして製作されるハリウッドのアニメの世界では、到底描けないだろうなと驚いたのを覚えています。特に猫好きというわけではありませんが、映画を観終わり「こういう猫がいても良いよなぁ」と、映画の帰りのバーでパンフレット片手につぶやいていたのを覚えています。
 当時はインターネットなどは無く、ようやくプロバイダーが出てきたころで、もちろんスマートフォンもなく、Amazonもない時代で、好きな映画のアイテムを手にするには、映画館に付設されている関連商品コーナーか、秋葉原あたりの専門店に行くしか方法はなく、そこへ顔を出したとしても、商品の種類などたいしたものではなかったはずです。
 劇場公開から何十年も経過し、スマートフォンを手にするのが常識となったある日、テレビで放送していた『となりのトトロ』を見終わり、ふとAmazonでアイテムを何気に調べていると、あのネコバスがいました。
 あれから月日が経ち、我がネコバスは、私の書棚の小物コーナーで、ニタリと笑みをこぼしながら鎮座しています。
 たまに手にとり、ネコバスを繁々と眺めるのですが、この造形には本当に感服します。そして、いつの日か、ネコバスに乗ってみたいと、考えるファンタジーな私が顔を覗かせます。中嶋雷太

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