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【控えめな自己主張日記】もはや嫉妬しかない〜誰もが青春の天才たち

平日夕方の図書館の平均年齢は低い。
中学生や高校生の、その殆どがひとり静かにテキストを前にしているけれど、なかには友だちとの共有時間を抑えきれない若さだってある。

窓辺のテーブルで顔を寄せ合う、小学生高学年らしき女の子の集団からは途切れることのない笑い声が聴こえてくる。

おいおい、ここは図書館だよ静かにね。

なんて注意をためらうほどきらきら輝いていて、ま、仕方ないよね、楽しいもんね、と見逃してしまう。
それにしてもなにがそんなにも楽しくさせるのか。

いやいや、彼女たちは天才なのだ。
葉っぱが舞っても、教科書のページはうまくめくれなくても、消しゴムのカスが袖にくっついても、流れる雲が一瞬誰かの顔に見えても、そんなすべてを笑いに転化させてしまう天才なのだ。


テナントビルの1階にはマクドナルドを併設したフードコートがある。
ちらりと見える4人がけテーブルでも、女子高校生たちがはずんだ声のキャッチボールをしている。
ボールは正しく胸元に返されなくても構わない。
どこに暴投したって巧みに受け止め、笑いに包んでまたどこかに投げ返す。
冷え切ったポテトさえあれば永遠にキャッチボールができてしまうほど、限られた時間の使い方が上手い。

この瞬間に最高の友だちがいて、仲間内でしか通じ合えない合言葉のような話題があって、明日も同じような一日が必ず訪れると信じて、じゃあねばいばい、と手を振って別れる。


おじさんには、もうあんなキャッチボールはできない。
仕事の進め方や住宅ローンや腰の痛みや大谷翔平や、そんな共通の話題がなかったら与えられた時間を持て余してしまう。


家に帰り、テレビを眺めていたらボカリスエットの新しいCMが流れてきた。
ドキッとした。なんか眩しいぞ。
オンエアの短い時間の、ながら見だけでも心がうずいてくる。
なんかもう手の届かない、でも、かつてはしっかりと握りしめていたはずの、なにかが、そこにある気がした。

ゆっくりと公式サイトで見直してみた。

あの日、図書館で、フードコートで見かけた彼女たちがそこにいた。
あの一瞬を、走る、跳ぶ、踊る、舞う、触れ合うという形で表現していた。

もはや嫉妬しかないけれど、こういう嫉妬さえもなくなってしまったら終わりだと思うから、思いっきり嫉妬してやる。


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