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「ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償」|ウィリアム・オニールにみる"人間の弱さ"

2021年に公開された映画『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』について取り上げる。第93回のアカデミー賞では助演男優賞と歌曲賞を受賞、日本では最近、各種動画配信サービスでも視聴が可能になった。
※ネタバレというか映画の内容にも触れているのでこれから視聴の方は注意いただきたい

あらすじ

『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』はブラックパンサー党で活躍した若きリーダー、フレッド・ハンプトンと、FBIのスパイとしてブラックパンサー党に潜入するウィリアム・オニールを描いた作品で、実話を元にした伝記映画である。

ブラックパンサー党とは、1960年代から70年代にかけて黒人解放運動を展開した政治組織。フレッド・ハンプトンは、カリスマ的な指導力で現代も語り継がれる人物であるが、21歳の若さで射殺されてしまう。

オニールは元々自動車を乗っ取ろうとした容疑で逮捕されるが、FBIのロイ・ミッチェル捜査官から、捜査に協力することを条件に見逃してやると話を持ちかけられる。

ブラックパンサー党に潜入し、定期的にミッチェル捜査官に情報を渡すオニール。しかし、ブラックパンサー党のリーダー、フレッド・ハンプトンのカリスマ性に惹かれていき、党の活動にも精力的に参加するようになる。

フレッドやブラックパンサー党を裏切るのかどうかで揺れ動くオニールだが、結果、フレッドはオニールの情報提供が契機となり、丸腰の状態でFBIに射殺される。

誰もが持つだろう、人間の弱さ

黒人差別問題を扱った作品は数多い。今作は半世紀以上前の出来事であるが、昨今では2020年のジョージフロイド氏殺害事件に端を発するBLM運動など、今の時代でも引き続き社会問題として重視されている。

しかし映画を観て、今作は差別問題というよりも個々の人物の心情や行動が主のテーマになっているように思われた。そのためこの記事では、オニールの二面性と"弱さ"というところに着目したい。

映画のタイトルの"ユダ&ブラック・メシア"であるが、ブラック・メシア(=黒い救世主)とはフレッドのことだろう。ユダとは聖書でイエスを裏切った弟子として知られる。映画ではFBIに情報提供しブラックパンサー党を裏切ることになるオニールを指すのは明らかだ。

映画では一部ウィリアム・オニール本人のインタビュー映像が挿入されているが、自責の念かオニールはこのあと自死しており、聖書でのその後のユダの行動とも重なる。

劇中ではキース・スタンフォードが魅せる演技(特に感情の揺らぎが込められた"視線"の表現が素晴らしい)からオニールの苦悩が読み取れる。

オニールがフレッドに薬を盛った後、フレッドの反応が描かれていないのも興味深い。(あんなに涙目で近寄られたら怪しすぎるが)フレッドはオニールの裏切りに気づいていただろうか。気づいていたとしたら、"ブラック・メシア"はオニールを赦しただろうか。


似た立場を描いた作品/キャラクターを思い出す。

まず、遠藤周作『沈黙』だ。隠れキリシタンの弾圧を描いた物語で、マーティン・スコセッシ監督により映画化され、生々しい弾圧の様子を描いた作品として評価の高い作品である。

キチジロー(映画では窪塚洋介が演じる)という隠れキリシタンが登場する。彼は幾度と密告をするも、キリスト教信仰を捨てきれず、己に負け、後悔し、また負けるといった行動を繰り返す。
キチジローはユダである。卑しい男として描かれる一方で、宣教師であるロドリゴも後半は自身をキチジローに重ね合わせていく。

また、漫画『進撃の巨人』ではライナー・ブラウンが調査兵団としての立場と、マーレの戦士という二重の立場に立つことで、徐々に人格が揺れ動いていく。精神的に追い詰められたライナーが自殺を試みるシーンも有名である。
対し主人公のエレンは「オレはお前と同じだ」と、目的を果たすために犠牲を生むことについて共感を示す。

これらのキャラクターは物語の悪役ではなく、人が誰しも持つであろう"弱さ"或いは"苦悩"の象徴として描かれている。

ディアンジェロの歌う、Black Messiah

さて、ブラック・メシアというと、音楽好きの方ならディアンジェロが2014年に(約14年ぶりに!)リリースして話題になったアルバム、D'Angelo And The Vanguard『Black Messiah』が思い浮かぶのではないだろうか。

アルバムの歌詞カードには以下のような文章が掲載されている。

Black Messiah is not one man. It's a feeling that collectively, we are all that leader.

Black Messiah、というとあたかもディアンジェロ自身が救世主的にも思えるが、曰く、度重なる黒人差別問題(※)や社会問題に立ち向かう民衆一人ひとりを指したものである。人々が集まり手を上げる様子が描かれているアートワークもそのコンセプトとつながる。

このアルバムに収録される「1000 death」では2人の活動家のスピーチが含まれており、その1人がフレッド・ハンプトンである。意図されたものかどうか不明だが、映画『ブラック・メシア』との繋がりを感じることができる。楽曲は、理不尽な状況への想いとサウンドが相まって高まりをみせていく。

(※)2014年というとマイケル・ブラウン事件と呼ばれる、警察による射殺事件が起きた年でもある。マイケル・ブラウン氏は当時18歳で、無防備・無抵抗の状態にも関わらず射殺されたという。悲しくもこれはフレッド・ハンプトンが殺された状況とも重なる。

我々の中に"メシア"は存在するだろうか

話を元に戻そう。ウィリアム・オニールの取った行動は許しがたいものであるが、大半の人にとって共感できるのは、圧倒的な指導力のあるフレッド・ハンプトンではなく、ウィリアム・オニールなのではないだろうか。

明確な大義のために突き進むというのは簡単ではない。我々はつい目先の利益に目を奪われがちである。劇中の描かれ方もどちらかというとオニールが主人公のように扱われ、自分であったらどうするか、という問いが観ている側に投げかけられているように感じる。

SNS等で簡単に自分の意見が発信できるようになった。意見を述べるとき、自分の意見ではなく世論に合わせていないだろうか。立場や対象が異なれば筋を変えてはいないだろうか。

明確なリーダーがいる時代ではないからこそ、ディアンジェロが歌うように個人が意志を明確に持ち、"メシア"になるべきなのでは、そんなことを感じた。

あわせて聴きたい/観たい作品

アルバム『Judas and the Black Messiah: The Inspired Album』

映画のインスパイアードアルバム。ヒップホップ/R&Bシーンを代表する、名だたるアーティストが参加している。

映画『沈黙 -サイレンス-』(2016)

記事中でも取り上げた、マーティン・スコセッシ監督による映画化作品。日米の豪華な役者陣にも注目。

映画『ブラック・クランズマン』(2018)

スパイク・リー監督作。KKK(クー・クラックス・クラン/白人至上主義団体)やブラックパンサー党の活動や時代背景の理解が深まる。

映画『シカゴ7裁判』(2020)

実話に基づく法廷でのやりとりを描いた映画。フレッド・ハンプトンも登場する。


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