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彼と同じ、25歳になる


一橋大学アウティング事件


をあなたは知っていますか?




今から7年前のことで知らない方もいるかもしれないので、簡単に説明すると、一橋大学アウティング事件とは、

一橋大学法科大学院において同性愛の恋愛感情を告白した相手による暴露(アウティング)をきっかけとして、2015年8月24日にゲイの学生が一橋大学の校舎から投身自殺したとされる事件

であり、ご遺族が、アウティングをした同級生及び相談されていながら適切な対応を取らなかった一橋大学に対し、裁判を起こしています。


その後、同級生とは2018年の一審で和解が成立しましたが、一橋大学側との裁判では一審・二審ともに遺族側の請求が棄却されました。


一橋大学側との裁判の二審・東京高裁(村上正敏裁判長)は2020年11月25日に一審の東京地裁に続き遺族側の請求を棄却しましたが、判決理由ではアウティングについて

「人格権ないしプライバシー権などを著しく侵害するものであり、許されない行為であることは明らか」

と言及し、アウティングの違法性に言及した日本初の判決となりました。

ゲイ暴露被害で転落死、一橋大アウティング事件は二審も大学側の責任認めぬ判決


※事件の詳細、アウティングの危険性、日本におけるアウティングの歴史については、こちらの本がとても詳しくとても分かりやすいです。
ぜひご一読ください。

あいつゲイだって』2021年、松岡 宗嗣 著

『あいつゲイだって』2021年、松岡 宗嗣 著







私はこれまで毎年、「顔も名前も知らない彼」に向けて、ブログを書いてきました。



2016年8月

"レズビアン"の私から、顔も名前も知らない"ゲイ"の彼へ。

2017年8月

彼が亡くなって2年。また、彼のいない夏が来る。

2018年8月

今年もまた、彼のいない夏が過ぎてゆく

2019年8月

令和最初の夏、彼のいない夏

2020年8月

"新しい生活様式"で、彼の命を守れるか

2021年8月

"新しい生活様式"に「慣れたフリ」して無理をしたまま夏が過ぎる



「顔も名前も知らない彼」のために、私が毎年こうやってブログを書くのは、

「もしかしたら彼は私だったかもしれない」
(=私も彼のように死を選んだかもしれない)

と、今でも心から思うからだし、幸運にも今日まで生き残っている同性愛者の1人として、

「二度と彼のような死を遂げる人がいないように頑張らないといけない」

と使命感のようなものを(勝手ながら)感じるから、かもしれないです。




このブログも、気づけば今回で7回目。

彼が25歳で亡くなってから、丸7年となりました。

そして、1997年生まれの私は、もう少しで亡くなった時の彼と同じ25歳になります。


もう少しで亡くなった時の彼と同じ、25歳になる

先日、たまたま食事を共にしていたレズビアン当事者の友人からそう言われて、私は初めてそのことに気付きました。

そして、不思議な気持ち、いや、正確に言うなら、どうしたら良いのか分からないような不安な気持ちになりました。

毎年このブログを書く時に私は、

「天国にいる兄に向けて、この1年間の出来事を報告しよう。

そして兄に、社会が一歩ずつ良くなっていると知ってもらって、もう兄みたいな経験をして、
悲しみの中で死を選ぶ人は生まれないはずだ!
と、兄に安心してもらおう

という気持ちでいました。

だから、LGBTQ+など性自認やセクシュアリティをきっかけに自殺する人を防止しようと、名古屋あおぞら部をはじめ様々な活動を続けることができた!

と感じる瞬間もありました。

※名古屋あおぞら部についてはこちら
→ 【名古屋あおぞら部】5周年のお礼とこれまでの活動のご報告


でも、残念ながら、この1年の日本社会(特に、国の政治に関する問題)は、天国にいる彼に報告できないようなことがいくつもありました。

そして、この後ろめたい気持ちを抱えたまま、兄のように感じる彼の年齢をこれから上回っていくことに、漠然とした不安を感じました。


だから私は、どうしたら良いのか分からないような不安な気持ちになってしまい、7回目にしてはじめて、このブログに何を書いたら良いのか分からなくなりました。



私自身、この1年間に起きた(露呈した)、

国会議員の人たちからの

LGBTQ+をはじめとした「日本に住むマイノリティの人々への明確な差別的言動」

に、大きく傷つき、その傷を抱えながら、日々必死に少しずつ癒しながら生きています。

だから、私の中でもまだ気持ちが何もまとまっていなくて、彼に何をどう伝えたら良いのか分からないけど、この約一年間を私がどう過ごしたかだけ端的に伝えてみます。





2021年5月

LGBT理解増進法案が国会に提出されないことになり、また、自民党の議員たちから差別発言に続きました

LGBT理解増進法案棚上げ、「多様性」掲げる東京五輪直前

止められたLGBT法案 自民党には裏切られた思いだ

「何でこんな国に生まれたんだろう」LGBT差別発言に約9万4千の抗議署名


そして、2021年5月30日

私は、自民党本部前LGBT差別抗議デモに参加しました。

デモと呼ばれるものに参加するのは人生で初めてで、とても緊張しましたが、抗議の声を上げる人たちを目の当たりにして、とても安心したことも覚えています。

※2021年5月30日の自民党本部前LGBT差別抗議デモに参加した際の写真



そして、それから約1年後

自民党の国会議員が参加した会合で、「同性愛は精神障害、または依存症」「LGBTの自殺率が高いのは、社会の差別が原因ではない」といった、性的マイノリティに対する差別的な内容が書かれた冊子が配られていたことが発覚しました。

「同性愛は依存症」「LGBTの自殺は本人のせい」自民党議連で配布

「LGBT差別冊子」の内容否定して 自民に5万筆の抗議署名



そして、2022年7月4日

私は、『Stand for LGBTQ+ Life』と題した自民党本部前LGBT差別抗議デモに参加するため、私はまたも東京・永田町にある自民党本部前に向かいました。

※2022年7月4日の自民党本部前LGBT差別抗議デモに、名古屋のLGBTQ+の仲間からもらったアイテムと一緒に参加している様子



怒りの声を上げる人、
涙を堪える人、
慰めあっている人、

たくさんの傷ついた人々の姿を目の当たりにして、連帯する強さを感じる一方で、約1年前の抗議から何も変わっていないんじゃないかと、やるせない気持ちでいっぱいになりました。





私は2016年から、名古屋市を中心に

「メディアやネット上だけじゃなくて、安心して安全な場所で、LGBTQ+当事者の人と会って話してみたい」

という高校生・大学生たちの気持ちも踏まえて、

"LGBTQ+当事者やLGBTQ+かもしれないと悩む人たちが気軽に集まって、実際に会って話せる場所"

であることを大切にして、

LGBTQ+当事者やLGBTQ+かもしれない若者の居場所:
名古屋あおぞら部

を運営してきました。

※名古屋あおぞら部についてはこちら
→ 【名古屋あおぞら部】5周年のお礼とこれまでの活動のご報告

名古屋あおぞら部とは


正直なところ、2020年以降はLGBTQ+に関する情報の広がりにより

参加者が格段に減る

ことを予想していました。


また、実際にはコロナの影響でこうした集まりを好む人が減っている感じがして、参加者が徐々に減ることを予想していました。


しかし、現実は真逆でした。


名古屋あおぞら部には、毎回多くの方が集まり、参加者数は最高記録を更新し続けているような状況です。

  • 同性を好きになってしまったと悩む若者

  • 学校の制服がどうしても嫌で、不登校になっている若者

  • やっと自分のセクシュアリティと向き合える心境になった若者

ここには書き切れないほどの多様な人生と悩みを抱えた参加者の方に、毎回新しく出会っています。

LGBTQ+に関する情報の広がりにより参加者が格段に減るから、きっと名古屋あおぞら部も必要なくなっていくだろうな

………なんて思っていたあの日の私が恥ずかしい限りです。


まだまだ、"LGBTQ+当事者やLGBTQ+かもしれないと悩む人たちが気軽に集まって、実際に会って話せる場所"は必要だし、そうしたコミュニティのお陰で命を繋いでいる人も少なからずいるんだと、改めて心に刻みました。





ここからの私は、彼が経験できなかった年齢を生きて、経験していきます。

何が待っているのか。

不安と期待で胸はいっぱいだけれど、彼に一年後、

「今年は、こんなに素敵な一年に出来たよ!」

と胸を張って報告できるように、ただただ目の前のことに頑張っていきたいです。

どうか、もう彼みたいな経験をして、悲しみの中で死を選ぶ人が生まれないように、日々祈る限りです。




"LGBTQ+当事者やLGBTQ+かもしれないと悩む人たちが気軽に集まって、実際に会って話せる場所"  名古屋あおぞら部

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