「流れる」

ここでは梨花、と名乗りたいと思います。

平成の初め頃に、本州の西の方で生まれました。高校卒業までを地元で過ごし、大学進学と共に京都へ。卒業後は福岡、茨城、新潟と転勤を重ねた後に一つ目の職場を退職。今は実家で暮らしながら、医療事務員。

ひとりも好きだし、ふたりも好きです。大勢でわいわいするのは、少し苦手に思うことがあります。(いや、最近そういう機会がないから苦手だと思っているだけかも。いやいや、人によるのかも。)

小さいころから合唱をしていました。(大勢でわいわいしてたな…)今は離れていますが。外国の宗教曲も好きですし、邦人の作品も好きです。詩、そして音の連なりと重なりを一度に味わうことができる合唱は複合芸術だなと思います。(好きな曲についても、いつか書きたいな)

noteを始めた理由は、文章を書くことが好きだから。よく「何を考えているかわからない」と言われるので、何を考えているのかを整理したいから。(今更だけど)元号が変わったし、私も今まで通りでは駄目なんだわ!!!と思っているから。

ちなみに、「梨花」は私の本名ではなく、『流れる』(作:幸田文 新潮文庫)の主人公の名前をお借りしました。私は女性が主人公になっている小説を好んで読むのですが、この作品は好きというか、「馴染む」作品。大きく感情を揺さぶられることはないけど、芯に染みてくるような。昔から知り合いだったような。

この小説の最後に、「著者のことば」としてこのようにあります。

(前略)水は流れたがって、とっとと走り下りていった。そのくせとまりたがりもして、たゆたい、渋り、淀み、でもまた流れていた。川には橋がかかっていた。(中略)なんでもないけれど橋へかかると、なぜか心はいつも一瞬ためらって、川上川下、この岸あの岸と眺めるのだ。水は流れるし、橋は通じるし、「流れる」とは題したけれど、橋手前のあの、ふとためらう心には強く惹かれている。

日々は、人生は、時代は、流れていく。重なり、別れ、時には淀みながら。その大きな流れを前にして、ふと思うことを言葉に変えてみたいと思うのです。流れるようにさらりと読んで下さると嬉しいです。


いいことも、わるいことも、すべて言葉に変えて、水に流してしまおう。

人生を滞らせないために。



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