「あなたへ(エレファントカシマシ)」の意味がようやくわかった。
齢四十をこえて、自分の親から受けた有形無形の情に気づく。
子としてけして親孝行ができているとは思わない。
それでも近頃、自分のたどった道が、けして私ひとりでとおった道ではなかったとようやくわかりはじめています。
「あなたへ」(エレファントカシマシ)は、母への愛情をつづった歌です。
宮本浩次は、この歌のリリース以前に、お母様を見送っているそうです。
歌の中に「母」を思わせる言葉は全く出てきませんが、そこがまたぐっとくる歌であると思います。
どうしても謎の歌詞がある。
私は長く、この歌に表される詩でひとつだけ、なんとも解せないところがありました。
それがこの部分。
「あなた」は「母」のことであるのはわかるのですが、「もしもあなたが今より嘘つきでなかったら」という表現を初めて聞いた時、少々戸惑いました。
仮定法の原則に従えば、この部分は「母は自分にウソをついていた」と言っているわけですから。
「開けてる大地の限り 遠く遠く去ってしまう」という部分は、「絶望」「死」を示唆しているものと思われます。
この文章を単純に解釈すれば、「母が自分にウソをついていたために、自分は今生きている」と言っている。
???
なんだか、何を言いたい文章なのか、わからなくなってしまうのです。
自分の母が嘘つきだったと責めているのか?
しかし、全体を通して読んでみると、けしてそのようにとることはできないのです。
と歌っていますから、母と自分の強力な縁を十分に感じたうえで、この歌を作っている。どう考えても、母への愛情があるとわかる。
それではなぜ、「母は嘘つきだった」などと不穏当な表現をする必要があったのでしょうか。
たぶん、こういうことなんでは。
宮本が過去のインタビューで語ったことの中に、ヒントがあります。
小学生の時、合唱団をやめると言ったとき、母が「いつか私に感謝するときがくる」と言った。
宮本が「どうして僕には人望がないんだろう」と悩んでいた時、母は「あなたは大器晩成だから」と言った。
母がコンサートに来る時は、「音が大きくてうるさいから」と言って耳栓を必ずしていた。
宮本は、こういうお母さんの発言・行動に、母の愛情を感じ、助けられてきたのでしょう。それだから、こうしたエピソードを大人になっても覚えていて、インタビューで話してきたのです。
ただ心のどこかで、「母は、自分を愛しているから、気休めで言っているのでは。」と思う気持ちもあったのでは。
私にも、親が言ったことをどこか冷めた気持ちでとらえるような経験がありますので、子にはいくらかそんなところもあるのではないでしょうか。
つまり、こうした母の発言、親が子を思ういたわりの言葉を「嘘」と表現していると想像するのです。
とても優しい嘘だと。
やがて宮本は、エレファントカシマシとしての音楽活動を継続し、ミュージシャンとして確かな立場を得ます。その過程の中で、その才能の非凡たるゆえんに思い至ることが数多くあったはずです。そこには、確実に母の愛があった。自らの表現の根源に、母の面影をみたわけです。
つまり、冒頭の詩の意味は、こういうことだと想像するのです。
もし母の優しい嘘がなかったら、自分は音楽を続けていなかった。
宮本の音楽活動は、「ほんもの」になる道のりだった。
でも私は、こう思ってもいます。
宮本は、母のことばに一抹の気休めを感じたことがあったかもしれない。もしかしたら、お母さんも宮本が今のような活躍をするとは、もちろん信じていらしたとは思いますが、ここまでとは想像していなかったかもしれない。
レコード会社との契約切れのエピソードは有名ですが、これまでの音楽活動の中では、辛酸をなめたことは他にも数多くあったと思うのです。
それでも、絶対に諦めずに楽曲を作り、歌い続けてきたことで、「母のやさしい嘘」は、いつしか嘘ではなくなって、「大器晩成」も、「私に感謝する」も、宮本自身が本当のことにしてしまったのです。
母の嘘がなかったら、自分は音楽を続けていない。生き続けてもいない。
いや、母は最初から嘘なんてついていなかった。
たぶん、これが宮本の言いたかったことなんじゃないでしょうか。
あと、たぶんですけど、お母さん、耳栓もしてなかったと私はおもいますよ、宮本さん。
もうひとつ、たぶんですけど。
この歌の最後は、このように締めくくられます。
もしかしたら、宮本は、お母さんを見送る時、自分の歌を歌ってあげたんじゃないですか?なんの確信もないけれど。
「わたしの日々 わたしの努力 わたしの希望 わたしの全部」
葬送のとき、母にささげる「花束」は、宮本には「歌」だったと思う。
ぜんぶ、想像ですけど。
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