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相席居酒屋で絶望する

大学4年生のころ、相席居酒屋に行った。
友人3人で行ったのだが、行かなきゃよかったと3人とも思っている。

その日は友人Yの就職が決まったことを祝うため、私と友人Rの3人で集まって飲んでいた。普通は就職が決まったYが奢られる立場にあるが、私とRは大手企業に内定を得たYに奢ってもらうという乞食っぷりを発揮していた。Rは6年制医学部の4年生、私は大学院進学予定の工学部4年生だったので、

就活?なにそれおいしいの?

という状態だった。そういう意味ではYが先輩になるのだが、まだ学生なのにお金を出してくれたYには頭が上がらない。次に会った時には半沢直樹もビックリの高級ディナーで1000倍返しをかましてやるべきだ。ちなみに半沢直樹は1秒も見たことが無いので、もし上記の使い方が間違っていたらコメントください。

さて、そんな主従関係が生まれた一次会がお開きになり、次にどうしようかという話になる。
Yのダンナぁ、次はどこに行くでゲスかへへへといった感じだ。二件目に行くのか、カラオケに行くのか、それとも健全に解散かという三択がいつもの流れなのだが、その時誰かが言った。

「相席居酒屋行かね?」

...行きてえ!!!!!!!!!!!

そう思ったが、一瞬のためらいはあった。知らない女性と相席になるというのはどうしても不純な臭いが拭い去れないし、男性有料に対し女性完全無料というシステムも気に食わない。
そして何より誰かに見られたら嫌だと思った。今でもそうだが、そういう女性との出会いに積極的な姿勢を人に見られるのは恥ずかしい。仙台は市街地の範囲が狭いので、街で知り合いに出くわすなんてことは日常茶飯事だ
しかし、一次会のアルコールでテンションが無駄に上がっていたし、長らく女性と話していなかったことで3人とも多少飢えていたのだろう、まあアリかという結論に至った。酒が入った大学生の行動に論理など必要ない。

目的の相席居酒屋は一次会の飲み屋から目と鼻の先にあり、あれよあれよという間に店があるビルに着いてしまった。心の準備は全くできていない。こんな非日常を体験するんだったら1か月前から準備しておかなければならないのに...
しかしもう後戻りはできないと言い聞かせ、エレベーターに乗り込む。ポケモンで言うと四天王に挑む入り口をくぐった時の心境だ。もちろんセーブしてやり直すことなんてできない。

いざ店の前に立つとものすごい緊張したが、同時にワクワクしていたのも事実である。もしかしたらここで彼女が出来たりするかもしれない。できないにしてもそれに繋がる出会いは十分期待できる。淡い幻想を抱きながら店のドアを開けた。

その日はかなり混んでおり、店内は騒がしかった。
ああ、もう自分は高尚な人間ではなくなってしまうのだな、不純な場所に出向いてしまうようになったのだな、という出家と真逆のような心境だった。当時の私に
「お前は高尚なんかじゃない、もともと低俗な人間だぞ」
と両肩を掴んで真っすぐ目を見ながら諭してやりたい。

逆出家を果たした私たちは案内役の店員が来るまで待つよう指示を受けたが、待ち時間はとても長く感じた。誰かに見られていないか心配でずっとソワソワしていたからである。この間に入り口から別の友達が入ってきたりしたらやべえぞ。

しかし幸い誰とも出くわすことなく、数分待つと店員が駆け寄ってくるのが見えた。よし、知り合いはいない。やっと周りの目が少ないテーブルなり個室なりに行ける。

「ふう~第一関門突破~!誰にも見られなくて良かったあ~☆」

そっと胸をなでおろした。四天王一人目撃破。出だしは好調である。
しかしその直後、やって来た店員を見た私は凍り付いた。

「先輩こういうとこ来るんですね~」
「お、おう...」

店員は同じ寮に住む後輩だった。四天王の二人目にしては手強すぎる。知り合いに見られなくて良かった、という安堵はこの瞬間ガラガラと音を立てて崩壊した。しかもその後輩とは知り合ってまだ1か月も経っておらず、まだ真面目な事しか話していない。俗っぽい事に興味が無い硬派な先輩感を出していたせいで余計気まずい。彼の前ではずっと住職ヅラをしていたのに、こんな形で逆出家したことがバレるなんて...

「ちょっと今日混んでるんで、もう少し待っててください!」
「お、おう...ありがとう....」

もう帰りたい。しかし電源を切ってセーブポイントからやり直すという裏技は使えない。これは現実だ。

ーいや待てよ。もしかしたら後輩という事で融通を利かせてくれるかもしれない。いろいろお世話になってますから、カワイ子ちゃんの席へ案内しますぜダンナ!
という感じになってくれればこちらとしては万々歳だ。
そう考えると後輩に出くわしたのは何かの僥倖かもしれない。こんな一瞬で四天王二人目攻略の糸口が見出せるとは!私は冷静さを取り戻し、期待に胸を膨らませながら席に通されるのを待った。

「お待たせしました!どうぞ~」

きた!!!

この時点でもう後輩にバレたことはどうでも良くなった。ついに相席居酒屋デビューである。さあどんな子がいるんだ?ちなみにYは経済学部、Rは医学部、私は工学部という三者三様のメンバー構成。話題には事欠かない自信がある。どこからでもかかってこいという気持ちで座席を隔てる暖簾をかき分けた。これが四天王三人目だ。ポケモンリーグ制覇は近い。

そして女性陣を見た私たちは凍り付いた。

明らかに女性陣は40代だったからだ。

短時間で2回も凍り付いたのは後にも先にもこの日しかないだろう。四天王が2連続で氷タイプ使いなんてそりゃないんじゃないの任天堂さん。やっぱりもう帰りたい。
相手はけばい感じの女性1人と、そこまでけばくない感じ女性1人のコンビだった。よく見ると30代に見えなくもなかったが、10歳以上年上なのは確実だ。
残念ながら私たちの中に熟女好きは一人もおらず、相手も学生はちょっと...という感じだった。明らかに需要と供給が釣り合っていない。後輩君ちょっと来なさいという感じだった。
しかし少なくとも30分はこの人達とお話しなければならいので、無難に自己紹介から始めた。ちなみに相手のプロフィールはもう一切覚えていない。

「Yです。○○大学の経済学部です」
「Rです。同じ大学の医学部です」
「Tです。同じ大学の工学部です」

コピペしまくったような自己紹介。私たちのやる気がどれだけ無かったか想像していただきたい。ちなみにTは私の本名のイニシャルである。
3人の自己紹介を聞き終わると、相手の女性のけばい方が言った。

「みんな理系なんだね~」

...話聞いてた????

経済学部は文系である。医学部と工学部に引っ張られすぎたせいかもしれないが、目の前で存在を全否定されたYは茫然としていた。だめだ、この人たちとはまともに会話ができない。

この居酒屋は30分まで男性2000円、女性タダで、30分経過後は10分ごとに男性のみに料金が加算されていくシステムだ。30分の間に仲良くなれたら退店して一緒に別の店に行くというのが定石らしい。そうしなければ男は一瞬で破産する。

無論私たちはこの人達と別の店に行くつもりなど無く、30分経過後即退店を決意した。YとRに相談などしなくても同じ考えに決まってる。この時ほど他人の心が読めた経験は無い。

私はもうYとRにその場の会話を全て任し、端の席でニヤニヤすることに徹した。彼女たちの妙に間延びした話し方も受け入れがたい。ああ、この後お金払わなきゃいけないなんて、テンションダダ下がりだ。そして気が付けば話題はYの就職先の事になっている。

けばい方の女性「どこに就職するの~?」
Y「インフラ系の会社です。」

Yは誰もが知る大手インフラ企業への就職が決まっていたが、こんな女に具体的な企業名を教えてやるかという魂胆が見えた。Yは良い意味でも悪い意味でも男女平等で、建設的な議論を好むタイプだ。こんな感じで人の話を聞かない相手はアラフォーだろうがか弱い美少女だろうが容赦はしない。
するとそのけばい方の女性(以下、けば子)がこう言った。

「あれだっけえ~、え~と、歯のやつ??」

???

歯???え??いったい何のことだ?
けば子を除いた一同がきょとんとしていた。
Yは歯のことなんて一言も言っていない。気づかないうちにそんな話してたっけ?と考えを巡らすが、アルコールのせいもあってか頭が回らない。ふと見るとけば子じゃない方もきょとんとしている。ちょっとあんたの相棒だろ、何とかしろよ...
誰も二の句が継げない中、Yが何かひらめいたようだ。

「それ、インプラントの事ですよね?」

(......それだ!!!)

なるほどと合点がいった。さすが頭の切れるYだ。ナイスツッコミ!普通ならここで

「なんだ~☆インフラとインプラント間違えてるじゃ~ん☆うっかりてへぺろ♪」

という感じで一同爆笑という流れなのだが、場はお通夜のように静まり返った。なぜならYがキレているのが明らかだったからだ。流石にけば子も怒りを察知したようだ。
これ以上話すとYが爆発しそうなので、私とRでなだめにかかった。暴れ馬Yを止められるのは私たちしかいない。

これ以降はもう詳細は省くが地獄のようなやり取りが続いた。30分ですら耐えられず、もう25分ぐらいで店員に頼んでフライング退店した。四天王三人目は倒せなかったが、何にも悔しくないし、再挑戦する気も無い。

ようやく地獄の時間から解放されたという安堵と、あんなことの為に2000円も使ったのかという虚しさが私たちを襲った。2000円あったら牛タン定食が食えたのに...という無念と共に帰宅し、もう行かないという決意が3人に芽生えた。

***
後日、バイト先で雑談していた時の事である。その日はお店が空いており、一人の女子大生が早上がりすることになった。まかないは要らないという彼女に対し、店長が詮索するような面持ちで尋ねた。

「この後どっかご飯でも行くの?」
「相席居酒屋行ってくるんですよ~!」

一瞬ギクリとした。この前のこと、バレてないよな...
いや待てよ、こいつは彼氏がいるはずだ。相席居酒屋に行くのはおかしいだろ。動揺を悟られないよう冷静に聞いた。
「いや、彼氏いるでしょ?」
彼女は元気いっぱいに答えた。

「あ~そんなんじゃなくて、タダでご飯食べれるんで!」

タダでご飯...
これだけハッキリ言い切られるとむしろ清々しい。そして現実を突きつけられた。彼氏を求めにあの店にやってくる人なんていないのだ。あのアラフォー2人組も例外ではない。
キャッキャとはしゃいでタイムカードを切る彼女を見ながら、もう二度と相席居酒屋なんて行かないという決意をさらに固めた。

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