見出し画像

STAY POSITIVE


 今回はバレンシア行きの飛行機が全て欠航になっていたので、マドリードに一度入ってバスで移動することにした。バラハス空港に着くと、まずは市内に出るために電車に乗らなければならない。既に空港の中まで強い日差しと乾いた風が届いている。

 電車に乗って、始めのトンネルを潜って地上に出ると、まず最初に出迎えてくれるのは両側の壁にびっしりと描き込まれたグラフィックだ。たしか、バルセロナの時も同じだった。地元のキッズたちが夜更けになると、「ここはオレたちの街だ」と言わんばかりに至るところにその印を残していく。その一つ一つには、描いた彼の強い想いが込められているかもしれない。あるいは、何も考えずに誰かの真似っこのつもりだったかも。どちらも区別なく同じ壁に並んでいる。

 多すぎる荷物を引きずってバス停まで行ってみると、予想には反して中はびっしり人が詰まっている。しっかり一席も残さず。

 バスがバス停を後にしていよいよハイウェイに入ってしまうと、すぐに開けてそれからはただただ何もない土地が続く。この国はその大半が農地で、日本と比べても人が少ない。畑、赤い土、木々。風力発電の風車もよく見かける。ほとんど起伏もなく、延々と地平線へと続いて遠くに太陽が見えるといった感じだ。

 これだけの長距離移動のバスは久々だった。大学の卒業間際に行ったベトナム、ラオス間の30時間移動を思い出す。国境を越えて、人のいない土地をひたすら抜けていくのだ。

 しかし、実際はそんなところにも人は住んでいる。ちらほらだが人の気配はあるし、どうやっているかは知らないが彼らがそこで生活をしていることも確かである。

 自分にとってはただ過ぎ去る風景の一部。名もない町。しかし、誰かにとってはそこが生活居住区で、そこに長い自分の歴史を刻み込んでいるのだ。あそこに見える木は、ルベンくんが初恋の彼女への告白を練習した場所かもしれない。

 しばらく森が続いて、川が入ってきて、その流れを見ていると不意に大きなダムが右手に現れる。その大きさと見晴らしの良さに、思わず少し身を乗り出すと、窓際に座って眠りこけていたおじさんが目を覚ましてこちらを睨む。偽物のブランド服を着て、何度も洗いすぎた織布のマスクは毛羽立ってしまっている。反対を向くと、左の席ではスマホでラ・リーガの中継を見ているアフリカ系の少年が選手に罵倒を浴びせる。彼らも同じく、どこからか来てどこかへと向かう模様。何たるかの想いを秘めて着席し、沈黙を決め込んでいる様子。

 向こうから見れば、こちらも何者でもない存在なのだろう。

 こちらはと言えば、所属していたクラブのリーグ優勝に伴い、Preferente(5部)からTercera(4部)への昇格争いが7月に行われるということで、バレンシアに戻る最中だった。

 バレンシア州内に4つグループのある5部のうち、各リーグ1位〜3位のクラブが抽選でプレーオフを戦う。1位は3位のクラブ、2位は2位のクラブと抽選で組み合わせが決められ、1回戦を戦う。それに勝利すると、2回戦。合計2試合を勝った3チームが昇格となる。通常がどうゆう形式なのかは分からないが、今シーズンはコロナの影響で日程も取れないため、以上のような形式を取っている。

 自分にとって初めてのスペインでのシーズンで、上手くいかなかったことが多かったとはいえ、このような経験ができることは本当に貴重である。一度バルセロナで昇格争いをCampo(クラブのスタジアム)で観たことがあったが、観客も含め、それはすごい迫力だった。彼らは子供の頃からこの中でサッカーをやっている。


 日本で自粛期間だった時にBSで放送されていた海外ドキュメンタリーで、スペインのアーティストが取り上げられていたのを思い出す。バレンシアの地名が出てきたので、たまたま目が止まった。

 OKUDAという名のアーティストで、今では世界で活躍するスペインの代表的な現代アーティストなのだが、元々は地元で壁に落書きをしていたのがきっかけだった。

 アートに理解のあるスペインでも例外なく、壁のグラフィティは命が短く、彼が描いたものもほとんどは消えてしまっている。その中で唯一、地元の高架下に自分が少年時代に描いたものが残っていた。

 それがどんなものだったかは忘れてしまったが、彼にとってはそれが自分に対するメッセージに見えるのだと言う。当時は深い意味合いも考えずに一晩で描いたものが、何十年も経って自分に語りかけてくる。

 例えば、こんな感じ。

 「初志貫徹」

 「STAY POSITIVE」

 「自分が何者かを忘れない」

 「Find what you love, and let it kill you.」

 「ああ言えばこう言う」

 「夜更かし、深酒は禁物」

 こんな標語があったとして、もしかすると何年か後には違って見えるのかも。

 自分が東京に戻っていた期間は、ちょうどコロナで大騒ぎだったこともあったので、移動はほとんど1人で車ですることが多かった。通った高校や大学の近くを通ると、やはりそこに自分の記憶を見るのだ。ここには多かれ少なかれ、自分が生まれてこの方歩んできたその印が残されているようだ。

 それから少し社会活動も再開してきて、今度は助手席に人が乗り込んでくる。サッカーの帰りに先輩を乗せると、

 「こうやって1人で運転してると、色んなこと思うだろ」

 と言った。

 それから久々の友人、誰かの送り迎え、荷物の受け取り…。誰に何を話したかも忘れちゃったけど、みんな良い顔して見送ってくれる時はやっぱりちょっと気持ちが良い。

 思うことなら山ほどありますよ。


 過ぎ去る景色の、その一つ一つに誓いを立てる。畑、赤い土、木々、風車、川、ガソリンスタンド、安宿の看板、案内標識、すれ違うトラック、タンクローリー。

 ようやくBuñolのセメント工場が見えてきて、ホッとした。知っている土地の景色。Manisesの倉庫街、市内のRio(川の干上がったところが公園になっている)…。途端に疲れと眠気に襲われる。

 大事なことは、いつまで経っても今日このことを忘れないことだ。






Instagram:@kakakoomagazine




#スペイン #バレンシア #サッカー #留学 #サッカー留学 #日記 #エッセイ #コラム


 

 

スペイン1部でプロサッカー選手になることを目指してます。 応援してくださいって言うのはダサいので、文章気に入ってくれたらスキか拡散お願いします! それ以外にも、仕事の話でも遊びの話でもお待ちしてます!