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寺報三十三号 不安にさいなまされさたら

寺報第三十三号をお届けします。

一月から世界的に流行しだした新型コロナウィルスの予防対策により、各地で色々な影響が出ています。   
正徳寺でも、毎月行われている「声明会」を二月は中止いたしました。いろいろ不安はあると思いますが、何が確かな情報なのかを考えながら「正しく怖がる」ことが大事かと思います。

病気は新型コロナだけではありません。持病をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。病気は、かかりたくなくてもかかってしまうので病気なのです。思いがけなく病気が降りかかってしまい、正しく判断できないことも「煩悩(ぼんのう)」といいます。

病気であれば、きちんとした科学的な予防対策をとり。それでもかかってしまったならば、医者の言うことを聞いて治療し。もし治療が難しいようであれば、その病気も自分を構成するひとつとして生きていくこのように、わたしたちを悩ませる
ものに対して、正しく理解し行動することこそが仏さまが教える生き方です。そのことを「正見(しょうけん・正しく知ること)」「正思惟(しょうしゆい・正しく考え判断すること)」と言います。

しかし、わたしなどは心よわくて、往々にして不安にさいなまれたり、どうしていいか分からなくなってしまいます。そんな時わたしは「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」とお念仏をとなえ、仏さまから「大丈夫か?」という呼び声を聞きます。
なぜ、唐突にお念仏?と、お思いの方もいらっしゃるかもしれません。しかし、いろいろな出来事の渦中にありパニックになっている時こそ、その外部からの声かけや呼び声で正気をとりもどすことが大事だと思います。自分一人でなんでも気付くのは難しいので、外からの刺激がとても良いきっかけになるのです。


新型コロナウィルスの世界的な蔓延におびえてどうしていいか分からなくなってしまった時。例えば家族が熱を出して、もしかしたら新型コロナウィルス肺炎かもしれないとパニックになった時。仏さまからの呼び声に耳をかたむけます。「大丈夫か?まずは正しく認識しよう。その上でまずできることからやって行こう」とお念仏が気づかせてくださるのです。わかったような他人に言われても、カチンとくるだけかもしれませんが。自分の口から出たお念仏が、そのまま仏さまからの呼び声になるのです。


お念仏は、となえれば病気にかからなかったり、病気が治るという呪文ではありません。しかし、そこにかけられた仏さまからの呼び声が私たちの心にとどく時があります。となえたからとお金を取られることもありません。仏さまの呼び声によって、仏の智慧の声かけと仏の慈悲の思いやりが心に届くだけです。
不安になったり、どうしていいか分からなくなった時こそ、わたしはお念仏をとなえます。そこに仏さまの「大丈夫か?」という声が聞こえてくるのです。


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