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中野の街でかつての未来を探す

 青春時代を思い出すとき、甘美な感覚を覚えるのはなぜだろう。肉体的にも精神的にも若く希望に満ち溢れていた頃を思い出すとき、輝かしくなつかしい想いに浸ることができる。「レトロ・フューチャー」は、そんな個人的とも言える郷愁の気持ちを、人類全体に拡大し共有できる装置だ。レトロ・フューチャーは1980年代頃から流行し、20世紀初頭に描かれた希望あふれた未来を「郷愁」の対象として表現し復活させた。そこに表れたのは、過ぎ去った時代の人々が夢見た希望であり、人類の青春とも言える。

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レトロ・フューチャーとは

 1930年から1970年代前半の第二次産業革命の真っ只中、科学には無限の可能性と希望があり、どんな問題も科学の進歩で解決されると人々が信じた時代があった。しかしその後の人類は、核兵器による冷戦や、環境破壊、原子力発電所の事故など、万能だったはずの科学技術が引き起こす、数々の暗い現実を目の当たりにする。21世紀の現在では、皮肉にも科学進歩それ自体がもたらした世界を破滅させかねない難題、地球温暖化に直面している。そして同時にウイルスによる世界的なパンデミックには現在も苦しめられている。一方で、2000年代には実現しているはずだった月面旅行や火星開発、宇宙ステーション移住の時代はまだ訪れない。実際の21世紀は、それほど輝かしい状況ばかりではない。そんな未来を20世紀初頭の誰が予想できただろう。
 不安の多い時代に、1980年のレトロ・フューチャーは心地よい幻想を見せてくれるかもしれない。それは現実と並行して輝かしく存在するパラレルワールドでもある。それが、21世紀に生まれ育った世代の手で息を吹き返す現象は興味深い。80年代を生きていない彼らも同じように「郷愁」を感じているのだろうか。

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AVASTANDとはなにか?

 2019年半ばに開店したAVASTANDは、東京中野の中野ブロードウェイ付近にある無人接客のスタンドバーだ。利用者は飲み物を注文しモニタの前に立ちそこに映るアバターと会話を楽しむ。接客する キャストは「Ava Talk」というシステムでアバターを遠隔操作する。対話するにつれアバターが実在する人格であるか、そうでないかが曖昧になり、利用者の緊張は溶け、たわいない世間話から身の上話まで、気楽に話せるようになる。無人決済や無人店舗化の波の中で、接客の形態を斜め上にアップデートする試みだ。
 Ava Talkの技術は、未来への希望と展望で満ちあふれている。アバターを通じて遠隔の通話を行うこのシステムが、遠隔での医療や介護、教育など未来で活用できると開発者は信じている。AVASTANDはAva Talkによる未来への可能性を示すためのショーケースとして、存在している。

中野ブロードウェイという文化

 中野ブロードウェイは東京中野の街にある複合施設で、昭和コンテンツを扱う店がそこかしこに存在することが特徴だ。地下には生鮮食品店やクリーニング店、生活雑貨店などがある商店街となっており、訪れた人はフロアの違いによるギャップに驚くだろう。2F、3Fのいたるところに昭和レトロなSFコンテンツがあふれ、SF作品のフィギュアやソフビ人形、宇宙船のプラモデル、超合金のロボットなど、科学への希望が結晶化されたようなおもちゃたちを取り扱う店舗がそこかしこに居を構えている。古本屋も多く、それらが登場するSF本やマンガがびっしりと並べられている。一度足を踏み入れれば突然タイムスリップしたような感覚になる。そのような「郷愁」人気に支えられたコンテンツの数々が所狭しとコレクションされている。秋葉原が「理系オタクの街」なら、中野は「文系オタクの街」とは、言い得て妙な表現だ。平成生まれの若い来訪者たちは「かわいい〜!」「イケてる〜!」と、それらを愛でている。
 中野ブロードウェイは東京五輪の頃の開発ブームに建設された。当初はモール付き高級マンションとして開発されたものの、その狙いとは裏腹にその後は高所得者が定着しなかった。そして1980年にマンガ専門の有名古本屋が入居したことをきっかけに次々とマニアックな店が入居するようになり、突如としてサブカルチャーの発信地としての変貌をとげ、今に至る。

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AVASTANDのデザイン

 中野ブロードウェイを出て左に進むと、そこには居酒屋でひしめき合う飲み屋街が出現する。とくに個性的なエリアが「中野新仲見世商店街」だ。人形やネオンを壁に貼りつけた居酒屋や、ダイヤ形の階段が特徴的な「ワールド会館」など外装からして目立つ店がたくさんある。そのエリアにAVASTANDはある。
 AVASTANDのデザイン依頼があった際、最も興味を引いたのが、技術的にも発展途上だったシステム「AvaTalk」と、そこで使用予定のアバターの意匠の妙なレトロさだった。人工知能ではなく遠隔通信の、テレビジョン、テレフォンなどテレが接頭語につく種類の技術。機械的な動き、ツルッとしたマットな質感といった、かつてのコンピュータグラフィクスを彷彿とさせるアバターの意匠は中野の街にぴったりだと感じた。
 80年代によく使われたアーケードゲームのような佇まいのロゴデザインを採用し80〜90年代のテクノロジーを感じさせる廃品をゴミステーションで探し、外装に貼りつけた。

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 中野の街は海外からの来訪者も多い。ローファイカルチャーとして世界的に流行したvaporwave(ベイパーウェイヴ)や、その派生としてのsynthwave(シンセウェイブ)の要素をかなり参照した。vaporwaveには、日本のバブル期を始めとした資本主義にまつわるアイコンをあえて不完全な状態でコラージュする不気味な魅力がある。

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多重層の郷愁

 20世紀前半を1980年の人々が参照し、それをさらに現在を生きる自分たちが参照する…引用の引用が「郷愁」の層をおりなす。東京は絶えずスクラップビルドされるが、中野の街は多重層の歴史を見ることのできる街のひとつだ。そこでは現代と過去、そして過去から枝分かれした並行世界としての未来の姿を垣間見ることができるだろう。

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*1 vaporwave(ヴェイパーウェイブ)wikipediaより抜粋
2010年代初頭にWeb上の音楽コミュニティから生まれた音楽のジャンル。過去に大量生産されて忘れ去られた人工物や技術への郷愁、消費資本主義や大衆文化、1980年代のヤッピー文化、ニューエイジへの批評や風刺として特徴づけられる。1980年代から1990年代にかけての大衆音楽、ラウンジ・ミュージック、スムースジャズ、コンテンポラリー・R&Bなどのサンプリングを基本とし、そこからループ、ピッチダウン、チョップド&スクリュード(英語版)などエフェクトを重ねていくことによって制作される。アートワークは主として、80年代から90年代に流通した製品、旧式コンピュータによるCGや旧式コンピュータそのもの、VHSスチール、カセットテープ、サイバーパンク、古典彫刻など、過去の時代において大量に流通していた要素がモチーフとして用いられた。
*2 synthwave(シンセウェイブ)wikipediaより抜粋
1980年代の映画音楽やビデオゲームに影響された電子音楽のジャンル。シンセウェイヴでは「サウンドだけではなく、コンセプトとヴィジュアルにおいて、80年代カルチャー(映画、ドラマ、アニメ、ゲーム、ファッション、グラフィックなど)へのノスタルジー的引用」がおこなわれる。

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