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国際吃音啓発の日なので吃音についてのおはなし

前回(https://note.com/rin_to_kakikaki/n/n1d5d75f22189)の記事へのコメントやTwitter上での反応、ありがとうございます。大変励みになりました。

迷いながらも届けたい、その気持ちだけで発信させて頂いた拙い記事を受け取って頂けて、書いてよかったなと思っています。

Alice in Retrogradeしろいろ担当のRINです。
現在はメイド喫茶最果てさんで『りん』としても活動させてもらっております。


10月22日、本日は『国際吃音啓発の日』ということで今回もまた吃音についてのお話をさせて頂きたいなと思い、noteを書き始めました。

前に書いた時よりもずっと多くの方と話す機会であったり、自身で話すことや話すのが好きなのに上手く話せないことについて向き合う場面が増えたなと思ったので、一旦初心に戻っていろいろ書いていきたいと思います。

吃音ってなに? 困り事はある?




①そもそも吃音ってなに?


前回の記事内でざっくりと説明しているのでそちらから内容をすこし引用させていただきます。※ただ症状の軽重や違いについては個人差があるので、今回はあくまで一例として読んでいただけますと幸いです。

吃音(きつおん)とは⋯⋯
幼児期には10~20人に一人、思春期成人期には100人に一人が持っているコミュニケーションの躓きのことを言います。

高校だったら学年に2人~3人いるという計算になります。目に見える数字にすると、意外と身近にも吃音を持つひとがいることがわかりますね。

吃音と言ってわかりやすい代表的な例をだすと、話しをする時にスムーズに言葉を言えなかったり、詰まったり、特定の言葉(苦手な母音や子音の場合もある)がうまく言えなかったり、繰り返してしまったりすることによって、流暢にコミュニケーションを取ることが出来なくなってしまう症状が出たりする疾患であり、障がいです。

上記の代表的な例は大きく三種類に分けることが出来るので、その分類も紹介させてください。

※個人差が大きいのでこの三種だけが症状というわけでも、1の症状だけがあるひとや、2と3の症状があるひと、程度の大きさ等は本当に色んなひとがいるので、一括りに無理にまとめようとせずにふーんくらいの温度で聞いてもらえたら幸いです。

ここでひとつ下記に例文を出させて頂きます。
「わたしたち、アリスインレトログラードです」

1. 連発、連続型

「わ、わたしたち、アリアリアリアリスインレトログラードです」

のように言葉を繰り返してしまう症状が出ます。わたしはよくグループ名の紹介でこの状態になって「ごめんなさい、嚙んじゃいました」ってこれまでは誤魔化してきました。

2. 伸発型

「わーー--たしたち、アリスインレトログラードです」

のように語頭の音が伸びてしまう症状が出ます。わたしは今のところ伸発がないので説明にわかりにくいところがあったら、申し訳ないです。反対に伸発がある方には差支えがなければどんな症状か教えて頂けたらとも思います。

3. 難発、無音型

「わたしたち、⋯⋯⋯リスインレトログラードです」

のように喉が詰まって最初の音が出せなかったり、場合によっては最初の音は出せてもそれ以降の音が出せなかったりする症状が出ます。陸地で溺れているような、喉元がきゅっと締まって息が止まるような感覚です。

わたしは高校生くらいから難発がかなり増えてきてしまって、最近だとあるライブ後の物販で「アリスインレトログラード、物販始めます」のアリスがどれだけ息を吸っても言えなくて泣きかけたことがあります。「ごめんなさい、声が掠れちゃって出なくなっちゃって」と、たしかこの時も誤魔化していました。

その他にも声を出す時に身体や顔に力を入れて吃音の症状を脱しようとしたり(目を瞑ったり、手足を力強く振ったり振り下ろしたりなど)、話し方をからかわれたり笑われたり上手く話せなかった経験の積み重ねからコミュニケーションを避けたり、声が出せなくなったり、言えない言葉を言える言葉に言い換えたり、声を出せるまでの間を繋げるため接続詞を多用する症状が出ることもあります。

またわたしはかなり数カ月おきに調子の良い時期と調子の悪い時期が波みたいに引いたり寄せたり代わる代わる来ます。当社比にはなりますが話しやすい期みたいなのがあったりもします。

しかしこれらは自分でどうにか出来るものではありません。ですので決してふざけているわけでも、わざとやっているわけでもないということだけでも知ってもらいたいです。

そしてひとりでも多くの吃音を持っている方がからかわれたり、笑われたり、心無いことを言われたり、話し方を真似されることのない未来にしていけたらいいなと思います。



②リンの吃音について


ここからほぼリンの吃音人生、思想のお話になります。自語りタイムになりますので悪しからず。

今、改めて振り返ると物心ついた時からずっと吃音とともにあったような気がします。というのもわたしが幼い頃の検診で吃音があることを告げられたことと、いつも上手く話せず家族以外には気軽に話せる人があまりいない他人に心を開かない人見知りな子だったからより強く吃音が記憶の中で強調されているのだと思います。

小学生〜中学生の頃には、家庭訪問で母が「授業参観ややむを得ない時以外にはなるべく授業中に当てないであげてほしい」と担任の先生にこっそり頼んでいるのを階段の上から聞いてしまい、なんだか申し訳ないような恥ずかしいような気持ちになったのを今でも覚えています。今風に言えば、これは母なり担任の先生なりの合理的配慮だったのかもしれません。

ただわたしはそんな合理的配慮があっても授業ではいつも丸読みがまわってきたので、学生時代はそれが恐ろしくて堪らなかったです。順番が1歩ずつ近づく中、バクバク大きく鳴る心臓とうまく話せなかったらどうしようって頭の中がぐるぐるしちゃって、いつもパニックになりそうでした。

そして一番話し方について揶揄われたり、真似されたり、無邪気ゆえにどうして? と質問攻めにされたのも小学生〜中学生の時期が多かったような気がします。

多感な年頃なので、きっと自分と違うもの、珍しいもの、自分の普通に反するものが気になって仕方がなかったのだなと今なら揶揄われた理由については理解はできるのですが、許容や心の整理みたいなものは未だに出来ていないです。

一度でも揶揄われたり、笑われれば、自分の話し方がおかしいんだ変なんだ、また話した時に笑われたらうまく話せなかったらどうしよう、と追い込まれてしまうひともいます。そうやって話すことに恐怖を感じて、コミュニケーションを諦めてしまうひとは少なくないと思います。

いじった方は軽口くらいで覚えてなくても、言われた方はその言葉で人生が変わってしまったり、何年何十年と思い出してしまうなんてこともあります。だからこそひとの話し方を笑ったり、真似したり、揶揄ったりするのは簡単でも相手にとっては重くのしかかることをしているのだと、ほんのすこしでもわかって頂けたら幸いです。

わたしはなんだかんだ小さい頃から家族にだけは爆裂お喋りメーカーだったので、自分の話し方をなんとか普通にしよう、治そうという方向に考えをシフトしていきました。

だからこそこのままでいいんだって考えられるひとって本当にすごいなと尊敬しています。反対に同じように悩んで藻掻いている、藻掻いていたひとの気持ちは痛いくらいわかります。

またちょうど高校2.3年〜大学では治そうではなく、ありのままを受け入れようともしてみました。そのときに観た映画が「英国王のスピーチ」で、読んだ漫画が押見修造先生の「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」です。刺さりすぎてその日は泣き潰して、その後の1週間くらいは何もできなくなった記憶があり、まだわたしは自身の思っていたほど吃音を受け止め、心に受け入れきれていないのだなと改めて知る機会にもなりました。

また大学では言語学の教授に「ワンダンス」を薦めてもらい読んだりもしました。主人公のカボくんに感情移入しすぎるくらい共感し、一気読みした大好きな作品です。

まだ観たこと、読んだことないみなさまはぜひ、一度読んだり観てみたりしてみてください。

これらの作品に今のわたしはとても影響されていて、いつか心の整理がついてしっかり知識もつけ直したら、吃音を文字として出すか出さないかは置いておいて……話すことにすこし支障がある主人公の小説を書こうかなとも考えています。

ちなみにあまりおすすめはしないのですが、わたしがどうやってこれまで吃音と向き合ってきたかを紹介すると……

ただ我武者羅にとにかく話し続けて前に出続けたら治るのではないかと思っていたので、荒療治みたいにとにかく挑戦し続けてきました。

・演劇クラブ(小学生)
・学級委員(中学生)
・合唱コンクール委員(中学生)
・クラス劇での台詞有りの役(中学生)
・文化祭実行委員(高校生)
・軽音部のバンドボーカル(高校生)
・ラジオ番組の逆電(高校生)
・歌手発掘オーディションに参加し、ライブ配信活動(高校生)
・ゲーム風シナリオ朗読劇での声優活動(高校生)
・面接有りの大学受験(高校生)
・サークルを取り仕切る連盟の執行委員(大学生)
・Alice in Retrogradeメンバーとしてのアイドル活動(大学生)
・オムライス屋さんのホール接客(大学生)
・就職活動での度重なる面接(大学生)
・最果てのメイドさん(大学生)
・来年度春からは介護職に就きます

と、このようにひとと接する機会や話す機会を自分の中ではかなり多く作ってきました。

その中でどれだけ傷ついても、どれだけ話すことが怖くなっても、ひとと話すことが好き! であったり、なにかして人と接していたい! だったり、前に出てなにかを表現するのが好き、誰かを笑顔にできる存在になりたい、失敗してもやりたいことを我慢したくない、という自分の本音が見えてきたので。結果的にわたしはぜんぶ経験できてよかったなと思っています。

また話すことが上手ではない分、文章を書くことや小説やシナリオを書くことにたくさん携わらせて頂いていたことにより、例え挑戦に失敗しても小説のいいネタになったと思える自分になりました。自分にとっての弱みでも、他の得意な部分にどんな経験も昇華できることや得意で苦手を補えることを知れたからこそ、失敗を恐れず挑戦できるようにもなったのだと感じます。

吃音がなかったらこのnoteを書くことも、アリグラでアイドルをする選択をしていなかったかもしれないので……

そういう意味では結果的に今のわたしを形作っていている根幹であったり、縁を繋いでいる大切な部分なので、吃音は自身にとって切っても切り離せない憎たらしくも大事な存在といえます。

長々しい自分語りにお付き合い頂き、ありがとうございます。このように吃音とともに人生を歩んでまいりました。



③吃音があって困る瞬間


啓発の日、ということで。

あくまでわたしの独断ではあるのですが、個人的にコミュニケーションを取らなくてはならなくて困る瞬間や、苦手なこと、上手く話せなくて申し訳なる瞬間を小さなことから大きなことまで箇条書きでまとめてみました。

基本的に全部上手くいかなくて心の中でごめんなさいと謝り倒してることが多いです。

・新学期の自己紹介
・国語の授業内の丸読み
・授業中にさされるやつ
・授業でわからないことがあった時
・朝の健康観察で「はい、元気です」って言う時
・視力検査の左右を答える時
・病院の診察(名前と生年月日を言う)
・美容室でのシャンプーされてる時の大丈夫ですか
・脱毛してる最中の大丈夫ですか
・お店での注文
・お洋服の試着(声かけるのも、着た後も)
・バスを降りる時の「ありがとうございます」
・ご飯屋さんを出る時の「ご馳走様でした」
・献血(名前と生年月日を何度も言う)
・レジでの「お願いします」と「ありがとうございます」
・レジ袋いりますか? への返答
•コンビニでお手洗いをお借りしたい時
•振替輸送の改札口
・満員電車から降りる時
・受け電、掛け電
・電話のみでの予約
・〜時に予約した〜ですけど
・入学式、卒業式、内定式での返事
・アルバイト先での「おはようございます」「お先に失礼します」「お疲れ様です」などの挨拶
・困っている人に声をかける時
・荷物の受け取り時
・郵便局で荷物を出す時
・銀行で口座を作る時

などなどです。他にも当事者の方で困ることがあったらぜひ、たくさん教えて頂きたいです。自分のことなのにまだわたし自身もわからないことだらけなので……あくまで独断でまとめただけのものになります。ただどれでも筆談であったり、上手く話せなくても普通で自然なことになる世の中になっていくと生きやすくなるのではないか、と思います。


➃吃音があって諦めたこと


・献血
・いちごタルト
・女優さん

これはまた別のnoteでお話出来たらと思います。



⑤なぜアイドルやメイドをしているのか


失敗を恐れてやらないよりも、失敗してもやらなかったことを後悔したくないから挑戦しました。

先述した通り、人と関わり続けたい! 人と話すのが好き、誰かを笑顔にしたい、幸せを届けたい、そんな気持ちが吃音があってもずっと心の中にありました。

またずっと元気や勇気をもらってきて背中を押してもらったアイドルさんや、可愛くてお話も上手で幸せな気持ちになる魔法をかけられるメイドさんにずっと憧れてきました。そこでもらったものを同じように別の誰かに、今度はわたしが元気や勇気、笑顔や楽しさ、幸せを届けられる存在になりたいと思いアイドルのオーディションやメイド喫茶の面接に長文の自己PRとともに応募しました。

ちょっと吃音に振り切ったアイドルさんやメイドさんを始めた経緯を話すと……

負けず嫌いさが強くあったような気がします。ここで応募しないで、他の誰かがなれたかもしれない姿で活動してるのをただ見ることしか出来ないのってすごく悔しいなと思って、応募だけは勢いでエイッてできた記憶があります。普通に話せる人だって勇気をだして応募しているなら、わたしだって勇気をだせば応募できるはずだ! と自分を鼓舞していました。

また自分のコンプレックスやある意味弱い部分に触れるために自信をつけたかった。話すことができる環境に身を置ける、自身の声や言葉、身体を使った表現が出来て、尚且つそれが誰かの笑顔に繋がることがしたかった、という面もあります。

またちょっと打算的な話をすると。対外的に声を出しやすい環境といいますか、露出することが多い立場で吃音について触れて、すこしでも周知してもらえたらいいな。という考えもありました。

そこで前回のnoteを読んだよって直接やnote上、Twitter上で感想を伝えてくださるのは、ほんのすこしでもわたしがアイドルやメイドさんになった意味があるのかなと思ってしまいます。勇気が出たって感想をくださった当事者の方からの声には、本当になにがあってもアイドルを続けてきてよかったなと思いました。

同じように何かしたいけど話すことが怖い、得意じゃないひとにとってなにか力をお裾分けできる存在になれたら嬉しいです。



⑥吃音と自身のこれからについて

今後は苦手だったことにあげたことや諦めたことにもう一度挑戦したレポートだったり、吃音だからこそどんなことを考えながら普段アイドルさんやメイドさんをしているのか、など改めて挑戦しまとめることで吃音と自身について向き合っていこうかなと思います。

それでは、
またどこかの記事でお会いしましょう。

お相手はAlice in Retrograde しろいろ担当、兼メイド喫茶最果てのりんでした。

多くの方にへえ〜と読んでもらえたら幸いです。

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