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課題だからやるのではない。本気でやりたいから企画するんだ。


言葉の企画第2回の、振り返り。

1ヶ月なんてあっというまだ。

第2回の講義のあと、近くに座っていた企画生と部屋に残ってごはんを食べた。朝、崎陽軒のお弁当売り場を探す時間がなく、コンビニで適当に買ったちょっと佗しいごはん。

スリーエフってローソン系列なんだな、と思いながら手に取った「悪魔のおにぎり」をもそもそと食べながら、会話に参加する。

「企画生のレベル、高いですよね」「すごすぎて、焦る」「もう第2回まで終わっちゃいましたね」「全部の講義が終わるまでに、何かを自分のものにしたいですよね」「焦るー」

レベルの高い企画生に囲まれて、刺激をものすごく受ける。それと同時に、自分の未熟さ、至らなさ、これもできてないあれもできてない、、ということにも目がいってしまう。気持ちばかりが焦るとはこのことか。


第2回の課題に対するみんなの企画、もうなんだか自分とは熱量が違った。

とあるアーティストが話題になる方法を考える、という課題。

わたしは正直なところ、音楽について全然詳しくない。好きなアーティスト5人くらいの曲をひたすら聴いているようなタイプ。

それでも自分なりに調べ、メルマガに登録したりSNSをフォローしたり、施策をうんうん考えたり。でもそれって、みんなやっている、できることなんだよね。

企画を考えながら自分で迷ってしまっていたポイントがあって、それは「これは誰向けに書けば良いんだろう?」ということ。

言葉の企画の課題だから、企画生に向けて?所属事務所のスタッフに向けて?アーティスト本人たちに向けて?

疑問に思いつつも、しっかり答えが出せなくて、「伝えたい人」「伝える目的」がふわっとした企画になってしまった。

みんなの企画を見ていて、びびっとくる企画を出す人は、本当にこの企画をやろうとしていると感じた。事務所に乗り込んで、そのまま提案できるような密度のものをつくっているのだ。

それは企画が精緻というだけではなくて、「愛」や「本気度」が伝わってくるということ。

「愛」「本気度」ってひとことにまとめてしまうと、なんだか凡庸だなという気がしてしまう。

けれどもそうとしか言い表せない。軽い気持ちで言っているわけではなく、本当に「愛」と「本気度」なんです。

この場に参加している企画生なら、わかると思う。参加していない人には、どうやったら伝わるかなぁ。

「仕事だからやる」「課題だからやる」「上司にやれと言われたからやる」「とにかくやらなきゃいけないからやる」

そういう考え方で物事に取り組むと、もちろん全力を尽くせばそれなりのクオリティのものは出来上がる。

でも「本気でやりたい」「わたしはこの対象を、愛している」と思いながら取り組む人の出すものには到底追いつけないんだよね。

みなさんも、そういう経験ってないですか?

わたしは今回、そのことを実感を持って理解できた。頭ではわかっていたはず。でも、腹落ちしたとき、衝撃だった。

阿部さんからの企画のフィードバックで「あなたの持ち味、好きなもの、手書きだったり、そういうものをもっと反映させてつくればいいのになぁ。その方がワクワクする」というお言葉をいただいた。

やっぱり、わたしがつくっているものは、表面的なんだと思う。企画そのものがどうこうではなく、「なんでその企画をやりたいのか」が自分でわかっていない。あるいは、そこまで思えていなかったのかな。だからワクワクしない。

すごく残念。

でも、これで終わりじゃないし。


言葉の企画は、あと4回。課題に取り組めるのもあと4回。

ここにどれだけ愛を注ぎこめるか。あるいは、どれだけ課題以上のものを本気で自分の中で学びとるのか。やっぱり自分との戦いだ。

次回の講義がいまから楽しみ。



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