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百合姫読切感想・考察集12『片恋』

 ※ヘッダー画像はみんなのフォトギャラリーより、「わしわし」さんの作品を使わせていただきました。この場を借りて感謝申し上げます。

 最近電車に乗ったのはいつだっただろうか。

 私は現在田舎の方に住んでいるので、移動手段といえばもっぱら車を用いるのだが、都会に住んでいた頃は毎日のように電車に乗っていた。

 時間帯によって様々な属性を持つ人々が乗り合う中、騒がしい時もあれば、大勢の人が一箇所に集っているとは思えないほどに静かに、車内アナウンスと、電車の揺れる無機質な音だけが響く時もある。

 だが、どんなにうるさくても静かな時でも、しかも座っている時でも吊革に掴まって立ってでも、自然と睡魔が襲ってくるのだから不思議である。乗り越した経験も2、3回では済まない。

 それでも、いかに注意深くあろうと、一定の周期で刻まれる振動と、足元に優しく漂う暖房には勝てないものだ。だからこそ、たまたま横の座席に座った見ず知らずの人の肩を借りてしまう事も、ある意味では仕方ないことなのかもしれない。

 というわけで、今回は百合姫3月号より、梅咲しゃきこ先生の『片恋』の感想を書いていこうと思う。明日になったら4月号出るんだよなぁ...もっと早くから書けば良いのにね。

あらすじ:仕事が忙しく、出勤途中の電車でついつい寝てしまうOLの主人公。今日も疲れの中で隣の席に座る女子高生の肩に寄りかかってしまい…?

・一ヶ月越しの「伏線」

 この作品の感想を書く上で、やはり外せないのはタイトルであろう。『片恋』という漢字二文字のシンプルなタイトルから、一体どのようなストーリーが想像できるだろうか。百合姫2月号に書かれた次号予告でこの二文字が出た際、私は「片想い」だとか、「ヤンデレ(片寄った→偏った)」だとか、そういう要素を思い描いていた。

 しかし蓋を開けてみればどうだろうか。まさかの「片寄った」そのものである。私はこの時点で「やられた」と感嘆せずにはいられなかった。「このタイトルでこのシチュエーション」というある種の落差を読む前から仕掛けることで、作中のシーン全てに新鮮さをもたらすことに成功している。それ故に、総ページ数僅か10ページと、最近の読切作品では非常に短い作品でありながら、それ以上のボリューム感、満足感を感じることが出来る作品になっていると感じた。

 そういった意味では、あえて中身を予想しやすいようなタイトルにして、実は〜というミスディレクションを誘う意図があったのかもしれない。そして勢いそのままに、その中身自体の作りもレベルの高いものになっている。

・10ページの作品だと思ったら無限に楽しめるでござるの巻

  本作の流れを一言で説明すると、「電車内で仮眠したら3日連続で同じ人に寄りかかってしまったお話」である。そしてこの3日間の中で起こった出来事と、それに伴う登場人物の心情の変化を先述の通り僅か10ページで描き切っている点はお見事である。

 キャラクターは残業続きで疲れ気味のOLとイマドキ女子高生というカップリング。どちらも名前は提示されないが、電車内で1日数分の間だけ会う間柄と考えれば、むしろ名前を提示しない方がよりリアリティが増すように思えて良い。また、キャラデザについても、全体的に暗い色で、髪のハネ具合で疲れや仕事に追われている感が表現されているOLと、明るい髪色とハート型のピアス、爪の色に目の下の泣きぼくろとオシャレな雰囲気を醸し出す女子高生という分かりやすい対比になっており、読み手が一瞬で構図を理解できるようになっている。

 そしてこの二人が織りなす物語の流れが大変秀逸である。1日目に出逢い、2日目に意識させ、3日目で予想外の事態になり...という起承転結の「転」まで流れるように進む。それでいて「結」は見せないニクさ。3日間の流れを見て急激に高まったこの気持ちをどこに向かわせればいいのか、と思わずにはいられない。

特に3日目の、女子高生ちゃんがOLさんを寄り掛からせるシーンの大コマは必見。周囲のモブを点描で描き表すことで、女子高生ちゃんの視点から見た世界にこの二人しかいないことを綺麗に表現している。朝の通勤時間で多くの人が乗り合わせる中、二人の世界と他の世界が隔絶しているかのような静寂を感じ、またコマの中央に配置された二人はその存在感を増しつつも、その決定的瞬間を垣間見てしまったかのような背徳感にも似た感情を読者に与える。眠りに落ちたOLさんの安らかな表情と、恋慕なのか、憧れなのか、はたまた扇情を覚えているのか、それとも母性にも似た感情なのか...それら全てが混ぜ合わさったような、神妙な表情でOLさんを見つめる女子高生ちゃんの姿は、メルヘン童話のワンシーンか、はたまたルネサンス期に描かれた絵画に似たりというべきか、高度に神聖な、いや混沌とした、ある種漫画という表現を超越した何かを感じさせる。それは「三つ編み・リュック・リボンという幼さを想起させる要素と、OLさんより大きな身体・神妙な表情・2日目の行動から来る成熟した要素を併せ持つ女子高生ちゃん」と、「スーツと腕時計を身につけ、OLとして日々の仕事に追われる『いい大人』でありながら、デフォルメシーンの多さや行動の無邪気さから幼さを感じさせるOLさん」というお互いが正反対の属性を両立させているために、無限大とも言える解釈が可能になっているということではないだろうか。

 自分でも何言ってるのか分からなくなってきたが、2人の登場人物が、それぞれ相反する性質を備えているという部分は、10ページという短い作品の中に奥行きと多様な解釈が出来る下地を与えている。そして最後のページで、女子高生ちゃんとOLさんの立場が逆転することで、その奥行きが一瞬で2倍になる。10ページの作品をもう一度見返したくなる。多様な解釈はさらに多様になり、もはやこの作品が10ページの作品だとは思えなくなる。ここまで重厚で壮大な百合は中々お目にかけることが出来ないのでは無いか、と思えるほどに、この10Pにはその何倍、何十倍の中身があるように思えてならない。

・国語の教科書に載りそうな構成

 これは多くの読者が気づかれた部分だと思うが、女子高生ちゃんの肩を借りて寝てしまったOLさんが謝る時のセリフと、それに対して女子高生ちゃんが話すセリフが微妙に違っている。特に女子高生ちゃんは1日目から順に「......いえ」「いえ」「いえ」という台詞で答えているのだが、その時の心情は全く違うだろう。これは共通入試の現代文で心情を述べさせてもいいのでは?と思うほど、読み手が女子高生ちゃんの変化を感じやすい部分になっていると思う。特に最後の「いえ」は、安易に「い、いえ」などと言葉を詰まらせないことで、表情とは裏腹に必死に動揺を隠そうとする感を巧みに表現している。

 また、初日にOLさんが女子高生ちゃんに感じた「綺麗な子」という表現と、2日目に感じた「美人さん」という表現の変化も、形容が具体に近づいていることでOLさんが女子高生ちゃんをより強く認識したということがよく分かるし、初日でスマホを持っていた女子高生ちゃんが2日目以降は手に持っていない点は、女子高生ちゃんがOLさんのことを意識している地味ながらもいい演出である。

 このように、3日間という限られた時間の経過、理解しやすい演出、特徴的かつ心情を巧みに表した台詞と表情...国語の教科書に採用されても驚かない構成である。

 そういった意味では、本作の最大の特徴にして特長は「読みやすい」点なのかもしれない。ページ数もさることながら、登場人物名、2人以外の描画、電車以外の場面など、様々な要素を極限まで省いたことで、読み手はOLさんと女子高生ちゃんの2人と、このシチュエーションだけに集中できるのだ。その残った要素はまさに混じり気の無い、この2人の世界を魅せることに特化した事物に他ならない。また、この2人も3日続けて同じ服装(勿論それが不自然ではない作りになっている)であったりするなど、残った要素の中でも更に変化を無くすことで、更に百合を凝縮することを試みている。

 それ故に、混じり気の無い純粋さと、百合的思考力を高めることが出来る作り、10ページという長さという点を考慮すると、教科書に採用されない理由が無いように思える程である。これはもう本作を義務教育の現場に登場させるしかないな!

・終わりに

 百合姫を買い始めてまだ3年そこそこしか経ってないのだが、本作程何度も読みたいと思う作品もなかったかもしれない。そしてここまで推したいと思うカップリングも無かった気がする。百合姫3月号はどの作品も質が高かった印象があるが、その中で10ページという短さでここまでのインパクトをもたらすというのは、作者の技量が高い証拠に他ならないだろう。是非連載で梅咲先生の作品を見たいものである。

 さて、今回も長く意味不明な文を書き連ねてしまったが、とにかく言いたいことは結局のところ一言だけである。

 このカップリング、めっちゃ推せる。

 ま、突き詰めればそこだよな、ということで。

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