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扉が開かれるのを待つだけでは、たぶん手遅れになる。

#未来のためにできること


 築年数が40年を超えるマンションに住んでいたとき、いつも前を通る部屋の1つが気にかかっていた。

 どことなく薬品のような臭いがしており、それがずっと続いていたから、管理人にも部屋を訪ねてはどうかと言ってみた。

 しかし管理人は「臭いが分からない」と返すばかりで、私もそのうち面倒になって無視するようになった。


 ある日、外出から帰ってくると管理室の前に住民がいて、慌てた様子で何かを訴えている。

 部屋から出てきた管理人と住民が、連れ立って外に出るのを見送ろうかと思ったけれど、耳に入った言葉が気になって後を追うことにした。

 その住民は「人が倒れている」と言っていた。

 外に出て駐車場に面した階段を見上げると、鉄柵とガラスで覆われた踊り場に、人間の大きさをした塊があった。

 階段を上って塊をよく見れば、それは年齢が70を超えていそうな老人で、どうやら上にある階の住民らしい。

 らしい、というのは始めてその老人を見かけたからで、理事会などに参加していなかった私にとって、朝晩やゴミ出しなどですれ違う人が、私にとっての全住民であるためだ。

 いまいち要領を得ない話をする老人が言うには、私が前を通るときに臭いがすると感じた部屋に住んでいるという。

 放置しておくわけにもいかず部屋に連れていったけれども、老人の体からは凄まじい臭いがした。

 おそらく長く風呂に入っていないか、それ以上の理由があるとしか思えない。

 管理人は子供と住んでいると話していたが、老人を部屋の前に連れてきたところで、やっと中から姿を現した。

 子供は驚いた様子ながら、その恰好や玄関に積まれたゴミと臭いに、私もまた驚くしかなかった。

 その後、管理人は地域の福祉センターに連絡したようで、何やら話をした後に老人は救急車で運ばれていった。

 あきらかに不衛生な環境で暮らす子供と老人は、それが問題だとは思わなかったのかもしれず、それまで扉によって覆い隠されてきた。あの日、老人が自ら外へ出るまでは。


 SDGsの掲げる17の目標の3番目には、「すべての人に健康と福祉を」とある。

 きれいと汚いの境界が人それぞれであるように、健康と福祉もまた人によって定義が異なるらしい。

 独居老人の生活は荒れると聞いたことがあるけれど、子供との同居でも他者の関わりが不可欠なのだと、件の出来事から考えるようになった。


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