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【ショートショート】目抜通り、夜

私の愛した街、童話でしか見たことのないような坂道に並ぶ可愛らしい家々たち。坂道の先には地平線まで見える海、今にも夢へ出航できそうなミニチュアサイズに見える船は今かいまかと港に繋がれている。不規則な形だけどそれは美しいクリーム色の石畳を一つ一つ爪先で踏みながら今日貰った素敵な言葉を噛み締めて帰路につく。
街灯は私を時々てらし、まるで一人きりの舞踏会だった。
賑わうとは程遠い、誰もが眠ってしまい夢の中のような街並みを楽しみながら。

時々、私は本当に嫌な人に対しては別れ際「さよなら」と冷たく言い放つ。
「嫌い」っていうより、なんだか綺麗に縁を遠ざけられる気がしたから。
自分から離れた人から、詩を貰ったことがある。本当は僕の気持ちを知っていたのに見ない振りしていたんでしょうと。恋をすることに嫌悪感があるわけではない。私は一緒に剣を持って戦ってくれる人にしか想いを寄せれないのであった。だからこそ隣町に住むの親友のララのすぐに恋人ができる人生が嫌味ではなく羨ましかった。私に詩を贈った彼も見ない振りをせざる得なかった。途中からこそ自分のことを愛せよと強要に変わることがなんとなくわかっていたからだった。そんな先回りの考えもなく楽しめたらどれだけ色んなことが楽しかったんだろう。

頭の中はこれからまだ誰も分からない未来のことで靄がかかっていた。美しい街並みはまだまだ続く。深夜だったから、時々開いているお店はみんなお酒の飲める大人の空間だけだった。ちょっと擦り切れ気味のレコードに甲高い笑い声、窓際では静かに飲む二人の人影。いろんなドラマを想像させるような愛しい街。
曲がり角に差し掛かると、昼間はいつも元気に尻尾を振って大きな水を張った桶にご機嫌に泳ぎ回るアヒルが二羽、顔を体に埋めて仲良く寝ていた。私の舞踏会はそろそろ小さなお城に着くから、終わってしまう。海が近くなってきた。

二階建ての小さなアパルトメント。白い外観に少しばかり小洒落た装飾、ベランダには季節の花を飾って楽しむ。私だけの特別なお城。3階までの階段は疲れて微酔いの私には少し苦行なはずなのに、今日はまるで天国への階段のような気がした。錆の強いドアノブをなぞり、今日も何事もなく帰ってきたことを喜ぶ。部屋にポツンと一輪咲いてる薔薇は、花瓶の水を吸い尽くし、少し花びらに筋のようなものが出てきて今朝よりも老けているように見えた。開けっぱなしにしていた窓からは潮風が私の若さを奪っていくかのように少し気だるいような風を吹き込んでいる。レースのカーテンも湿気を含んだようにゆったりと動いていた。窓際に座って街の明かりをただ眺めるこの時間が世界で一番好きだった。世界中を知らないのに、世界で一番大好き。すると窓の外から声をかけられた。

「おやすみ!良い夢を!」

突然、元気な向日葵のような声がした。外を見ても誰もいなかった。クリーム色の不規則な石畳が坂の上へ続いているだけ、時々照らす街灯が少しだけ特別に感じた。海の方へ目をやると、繋がれた船たちの合間を何かが泳いでいた。泳ぐ水面に合わせて月明かりに照らされるそれは小さな頃にお話の中に出てきた宝石のようにゆらゆらと鈍く光っていた。ねぇ、なんて適当なようには呼びたくない素敵なその「人」は地平線の大きな大きな月に向かって泳いでいった。呼び返したかったのに、私は名前を知らなかった。

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