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【ショートショート】水曜日の中庭

都会の湖にお月さまが落ちて、白鳥になることを自ら望んだお姫様は、もとに戻る方法を忘れて泣いていた。今までずっと、私は何かに囚われたままだったけれど、ショーウィンドウに映る自分の髪が伸びるたびにこれで良かったのかなと自問自答する日々。

少し高いミニチュアのパーツを丁寧に集めたようなこの中庭でたまたま巡り合う色んな人。普通にそのまま人生の登場人物になる人もいれば、一度会うだけで終わる人、自分の中で特別になる人もいる。
自分のことを片っ端から否定する人。互いに切磋琢磨できる人。なんとなく、何をしている人でお互いの頑張っている時間を距離がありながらも見守る人。

白鳥になったお姫様はそのまま戻ることなくこの中庭の噴水で人が来るのを待ち続けた。自分が白鳥でいればそれとなく人生は進み、きっと産んでくれた人が喜んでくれるような結果が舞い込んでくると思っていた。
もちろん、好きな事だってできた。不自由なく白鳥として美しく暮らす事で世間からは何も批判されずに生きていけるから。

ある日、やってきた恋人たちが話すのを聞きながらお姫様は久しぶりに人間に戻りたいと思った。

『僕が死ぬ時は君がそばにいてくれなきゃ嫌だと思ったから、全力で守りたいと思う。』
『美しい人はごまんといる、でも君のその考え方や立ち振る舞いは君しかできない。世界中どこを探しても君の代わりはいない。愛してるよ。』

白鳥は、換羽の羽根をつついて聞いていないフリ。
ラストワルツ、ラストソング、ラストハグ、ラストキス、ラストシーン、ラストライブ、ラストチャンス、ラストストーリー。私は誰といたいのだろう。誰の人生を今白鳥として歩もうとしてるのだろう。
お姫様は、心の中でぽっかり空いた穴の存在に今更気付く。朝起きて、優雅に水浴びして、中庭を散歩し、昼下がりに少し昼寝をして、夜を待つ。何に対しても不自由なく暮らしていたけどこれでいいのだろうか。

初めて白鳥になりたいと思ったのは寂しいという気持ちは罪だと思った時。自分の個人的な気持ちを例え恋人でもぶつけることは大罪と思った。とても優しいが故に言えなくなってしまった。だからこそ、寂しい曲が好きだった。部屋の蓄音機からはいつもショパンばかり流れていた。

白鳥になってからも、夕日に似合う寂しげな音楽が聞こえるととても心強かった。寂しいと言うことは罪じゃないんだよって言われてる気がしたから。

白鳥のお姫様は18年間、その中庭で生きていた。体は最近冷えを感じている。あまり感じなかった水の冷たささえ、少し辛く感じた。戻り方を忘れたお姫様は小さく小さく歌を歌った。もう随分、歳を重ねてしまった。



"寂しさよ、キスをやめて
大好きな歌が歌えない。
どうか最後の我儘を、私の白鳥の歌を聴いてほしい。"



白鳥の歌=白鳥が最期に歌うと言われている鳴き声、歌。これになぞってその人の最期の最高の作品を残すことをさしたりするそうです。

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