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この冬になってから、早朝コロと散歩していると奇妙な人物に出会う。
その男は毎朝、半袖短パン姿で大きなリュックを背負い近くの山に入っていく。ちょっと前かがみガニ股で歩く姿はSETの小倉久寛そっくりで、うなじまで黒々と毛深い。
ここいら辺りは早朝氷点下になることはざらにある。あんな軽装では山登りは無理だし、パンパンの大荷物を毎日背負ってどこに行くんだろう。
山を管理する樵なのか、それとも歩荷さんだろうか、まさか山小屋とかで暮らすミニマリストとか?
コロはそんな僕の疑問をよそに、男が通りかかるといつも嬉しそうに尻尾をブルブル震わせる。いったい彼は何者なんだろう。
 ある日、僕は無言ですれ違う男に尋ねてみた。
「毎日お会いしますが、あなたは一体何をしていらっしゃる方なんですが?」
 すると、男は面倒くさそうに振り返り
「聞きたっきゃ教えてやってもいいが、あんた秘密を守ることできるかね? 最近信用できねぇ奴が多いからなあ…」
 聞いちゃいけないことを聞いてしまったような気がして黙っていると、コロがクンクンいってその男にすり寄った。
「ま、仕方ねぇ。お前さんなら信用できそうだ。実はな、オイラは山にいる友達と過ごすための食糧を毎日仕入に来てるんだ」
「え? じゃあ、やっぱりあなたは山小屋に住んでいらっしゃる…?」
 ふぅっと大きなため息をついて、男は重そうなリュックを降ろして語りだした。
「いやいや勘違いすんなよ、オイラは冬籠もり中の狸だ。本来ならこの季節滅多に下りてこねえんだが、友達の熊がよ、今年の冬はなんだか眠れねえって言ってオイラんちに毎日遊びにくんだよ。大食いでよ。そいつの友達、腹減ってちょっと森から顔出しただけだったらしいんだが猟師に撃たれちまって…。最近、猿の電線渡りとかキョンや猪の出没とかで里はピリピリしてるだろ? だから、オイラ、昔の教科書ひっくり返して人間に化けて里に下りてきてるんだ。ほんとはよ、お前さんたちのほうがオイラたちの山に入り込んでくるからオイラたちの食べ物や居場所が無くなってきてんのによ。まったく割が合わないぜ」
 男はそういうと、またリュックを背負い歩き出した。
「お、そうそう、あんた、その犬にコロって名付けたの、拾ったときから腹出してひっくり返って甘えてきたからだろ? こいつ本名はポン太ってんだ。狸でいるより犬でいるほうが楽だしメシにもありつけるって山を下りたんだよ。オイラは尻尾振ってご主人の機嫌とる生活より山の自由な生活が好きだけどな。じゃ、アバよ。もう出会っても話しかけんなよ」
 狐につままれたような気分でその男を見送っていると、気を緩めたのか男の短パンのお尻からポンっとフサフサの尻尾が出て、ユッサユッサ揺れるリュックと一緒に右に左に揺れていた。